第2話 手紙
「いやぁつっかれた」
夏子は四限目のチャイムと共に腕を伸ばし大きな欠伸をした。彼女はそこまで疲れていた訳では無いが、夏子の欠伸を貰い同じく腕を伸ばした。
本日は半ドンなのでこれにて授業はお終い、周りのクラスメイト達はやっと帰れると嬉嬉として帰る準備をし始めた為、必然的に雑音が激しくなる。
彼女も本屋に行く用事がある為、帰宅の準備を進め始めたが夏子に呼び止められてしまう。
「エリカちゃんはこの後用事ある?一緒に帰ろうよ」
「これから本屋さんに行くんだけど一緒に行く?」
「??この当たり、本屋あったっけぇ?」
「駅前にあったよ、古ぼけた感じの」
彼女の発言を聞いて首を傾げる夏子。
彼女らが住む町はかなりの田舎だ。過去に本に関心がある者は市立図書館に出向くのが一般的らしい。彼女自身はつい先日までは本に興味が無かったから知らなかったが本屋なんて作られてすらないらしい。
しかし手元には太宰治の人間失格が現存している訳だし昨日は店内に足を踏み入れたのも事実。だけど不思議なのはあんな古い文庫本が置いてあるのに割と新しい少女と犬の本は無いのは不自然じゃないか。疑心暗鬼になってしまう。
「んまぁ私もついて行ってみようかな」
そういって夏子はカバンを手に取りすぐに行こうと促す。彼女もカバンを手に取り夏子の方へ駆け寄った。
「んでどんな店だったの?」
「木造建築でちょっと埃っぽい所だった。お店の人は3人くらいで多分経営者さんの方かな?その人が羽織袴でイケメンさんだったよ」
イケメンという言葉に飛びつく夏子。
「イケメンかぁーうんうんいいねぇ」
「イケメン好きなんだね種子島さん」
「夏子」
「え?」
2人の足が止まった。夏子は彼女に振り向き笑顔で
「夏子でいいよ。呼び方」
彼女は太陽をバックにした夏子の笑顔が綺麗で静かにじっと見つめていた。
「私、友達いないからさ。良かったら友達になってよ」
夏子は手を出して握手を求めるも
「もちろんよ」
彼女はそれに応え、その手を握る。
「さぁ行こうか、エリカちゃん!」
彼女の手を引き、半ば強引ではあるが足を進める夏子のはしゃぐ姿に彼女は苦笑して
「これから思い出たくさん作ろうね夏子ちゃん」
「あたぼうよ!」
といい、夏子の足並み揃えて互いに歩き始めた。
ちょっと粗暴で言葉遣いが汚いけど心がとても優しい親友との一歩を踏み出せた彼女だった。暗い顔だった彼女の表情は明るく、とても安心した温かい気持ちが募った。
駅前に着いた彼女は驚愕した。
本屋が無いのだ。確かに木造建築の外骨格は残っている。だがここは...
「本当にこの中なの?ここって...」
「あれ?ここのはず、店員も居たし外から覗いても本が沢山積まれてたのに」
「...ここはかなりの前に焼けて無くなった本屋さんだよ。50年前?」
「え?そんな前!?」
「えぇ...そう聞いてるけど...エリカちゃん疲れてるんじゃない?私のうち寄る?」
「...ゴメンね。付き合わせちゃって」
「全然いーよ。こんなことで謝られても困るよ」
「ははは...」
彼女は言葉を失った。
「とりあえずウチに来な。昨日の事おしえてよ」
「うんわかった」
コクンと頷き彼女は夏子と共に、夏子の家まで歩き始める。
産まれて初めての友人宅に心を踊らせる気持ちの裏腹に、恐ろしいという気持ちが強く残っていた。
「お邪魔します」
「あらいらっしゃい。お友達?」
若い人柄の良さそうな夏子の母が出迎えくれた。
「はい、伊紙エリカと言います」
とお辞儀すると夏子母は笑顔で
「礼儀正しい子ね。楽に寛いでね。あ、夏子。母さんジュース持ってくわね」
と気を遣わせたかな?と内心ハラハラしてる彼女に夏子は肩を叩き
「私の部屋に案内するよ」
と呼ばれ、二階に上がった。
「変に気を遣わないで。私もお母さんもその方が楽だし。エリカちゃんはとってもいい子だから変に思ったりなんて絶対しないから」
と笑顔で励ましてくれた。
「ありがとう」
「ここが私の部屋。ちょっと散らかってるから片付けるね」
と夏子が床に落ちてるティッシュや雑誌などを纏めてゴミ袋に投げ入れた。
彼女はその豪快さに苦笑して、夏子の本棚を見ると彼女が呼んだ少女と犬があった。
「ねぇこの本読んでもいい?」
「うんいーよ」
夏子に許可を取り、彼女は読み始めた。
内容は悲しいのに取り込まれる世界観がなんとも言えない、そんな彼女の初めての本はやっぱり面白かった。余りにも面白げに読むので夏子は
「その本あげるよ」
「え?そんな悪いよ」
「その本、昔買って貰った奴なんだけど私、本まったく読まなくて下手したらその本棚の本、全部捨てるとこだったのよ。迷惑じゃなかったら貰ってほしいな」
と夏子が言った為、好意に甘える事にした。
素直に貰ってくれて嬉しいと夏子も満足気な表情をしていた。
「本当にありがとう。この本探してて例の本屋を見つけたの」
「それは良かった~その本屋には置いてなかったの?」
「あれ?信じてくれるの?」
「誰も信じないとは言ってないよ。それに友達の言ってる事を否定したらそれはもう友達じゃないと思うんだ」
夏子の言葉に目頭が熱くなる彼女。よしよしと頭を撫でてくれる夏子に身を任せ、甘えまくりの彼女の姿に思わず笑う夏子。
「可愛いね」
その一言に顔を赤く染めた。
可愛いなんて一度も言われたことが無かった彼女だったが、初めて言われた時、この瞬間恥ずかしい気持ちなんだなと認識できた。
恥ずかしさも然る事ながら、彼女は素直に嬉しかった。
「はは、初めて言われたよそんなの。でも嬉しいよ」
「仲いいわねぇ」
ガチャリとドアノブをまわし、夏子の部屋に夏子母が現れる。夏子母はオレンジジュースとドーナツをお盆に乗せ、部屋に入ってきた。
「あ、ありがとうございますお母さん」
「うわードーナツ!ありがとー母さん!」
「ふふ、これからも仲良くしてあげてね」
そういい残し、夏子母は部屋を出て行った。
「ドーナツ、そんなに好きなの?」
「大好物だよ!...もしかして苦手だった?」
「いやいや、甘い物大好きだよ」
「良かった!たべよ!」
2人はドーナツを持ち、揃えて
「いただきます」
といい、かぶりついた。お互い砂糖の粉が口の周りについていて笑ってしまった。甘味を食べた後に、酸っぱいオレンジジュースで喉を潤す。
「美味しかった。ご馳走さま!」
「私もご馳走さま」
二人で手を合わせてドーナツとオレンジジュースにお祈りをする中学生。
二人とも食べ終えた状態で夏子は話を切り出す。
「それでその古本屋はどうするの?」
「本貰っちゃったし探そうと思うんだけど」
「なんの本貰ったの?まさか宗教の奴じゃないよね」
「ちがうよ~これ」
ガサゴソと自分のカバンを漁り、太宰治の人間失格を見せた。
「わざわざ人間失格を選んで渡したのか。不気味な話だね」
よく良く考えればそうである。古本屋の跡地が元々燃やされたわけだ。
放火では無いらしいから、自殺で処理したと当時は掲載されたみたいだがもしかしたらその男性があのイケメンさんで自分が人間失格と、太宰治と自己投影したからこそ、この本を渡したのかと考えられるのは容易い。
「とにかく一人じゃ危険だから私も探す時は行くわ。ほんと、何かあったら私が悲しむんだから」
腕をパシパシ叩いて、いかにもやる気があるように見せる夏子。
「でも...夏子に何かあったら私...」
「大丈夫!心配しなさんな」
しかし彼は本に触る事が出来た...触れるのだ。幽霊なら触る事は出来ない筈だしそもそもあの場に本がある事すらおかしな話だと思う。
「夜中、張り込みとかする?」
ワクワクしながら夏子が提案する。
「えぇ...怖いよ」
「大丈夫よ」
「それはまた今度ね...」
「へいへい」
「あ!そういえば時間帯は?」
「うーん16時から17時かな」
「昨日は木曜だったから来週の同じ曜日の同じ時間帯に言ってみようよ」
「え?うん。そうだね。いい考えだね」
「はいきーまり!」
パンパンと夏子が手を叩き、場を締めさせられた。
彼女はこれ以上は情報も無いし、夏子の提案通りに物事を進めたら何か進展があるかもと思い家に帰ることにした。
「怖い思いしたのに一人で大丈夫?送ろうか?」
「大丈夫だよ夏子ちゃん。ありがとね。お邪魔しました!」
「エリカちゃんまた来てね~」
「はい!ドーナツ美味しかったです」
お辞儀をして友人宅を出る。
空は夕暮れ、カラスが鳴いて空を飛んでる。昨日の不気味な体験によって彼女の神経が鋭く敏感になっていたのである。カラスの鳴き声にいちいち身体が反応してしまう。怯えながらも無事帰宅した自宅のポストに一通のお手紙が入っていた。
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