異世界書房の出張所!

近衛ハル

第1話 出会いと始まり

「よし!ばっちり!」

「あ、なっちゃんからメールだ!」

「はぁ...また寝坊...か。あはは...なっちゃんらしいわ」

「...まぁ今日はバイトじゃないけど暇つぶしに本屋さんに顔だそうかな」

「じゃぁ行ってきます」


  女の子の名前は伊紙エリカ、歳は18の大学生だ。専門は日本文学で日に何冊も文庫本を読みふけっている文学少女だ。エリカの将来はあわよくば、小説家としてデビューし、自分の創り上げた作品を世の中に発信したいと思っている。


  エリカと本の出会いは数年前、彼女が中学生の時である。

 

  当時小学六年生の卒業時、教師であった両親の働いていた職場の柏崎中学の初等部に入学する事になった彼女は、小学生時代の親友が全然居なく独りぼっちだった。


  彼女は当時、学区内に有る中学に進むと思っていた為、内心は裏切られたという気持ちでいっぱいだった。無趣味の彼女にとって独りぼっちの時間は窮屈だった。


  昼頃になり周りがお弁当を広げる頃彼女はトイレに行ったり、図書室に行ったりの生活を送っていたが、先生に注意を受けてしまい、彼女は余りにも滑稽だと自覚しそれらの行動を断念した。

 

  彼女は友人が居たのだが、その友人はもういない。彼女の小学校時代、クラスの陰湿なイジメが相次いだ結果なのだ。


  必死に守り抜こうと思って、六年間付き合っていたその友人の味方をしていた彼女だったが、遂に友人が先に壊れてしまった。


  その友人と共に一緒に同じ中学校に通おうね。と約束したものの、クラスの陰湿なイジメのせいでそれは叶わなく、しかも遠くに引っ越してしまった。彼女の身を案じた親の判断だろう...。


  彼女はある日、図書室でたまたま見つけた一冊の本をいたく気に入る事になった。

  読み終えた翌日の学校帰りに駅前の古ぼけた本屋に探しに行った。この本屋との出会いによって彼女の、文学少女としての生まれ変わるきっかけの場所だった。


  本の名前は「少女と犬」。内容は両親を亡くした小さな少女が親戚に引き取られたものの、良く思われてない少女はあまり相手にされず義兄弟に虐められた。

  少女は暇さえあれば、自分の過ごしてる環境が窮屈で余りにも居心地が悪いものだったからか逃げるように、良く川沿いで過ごすことが多かった。

  ある日少女は、川沿いの大きな橋の下で捨てられた子犬を発見することに。親戚の家では流石に許してくれないと思い学校帰りや休日に、コンビニでミルクとツナ缶を購入し犬に会いに行くようになった。

  不潔なダンボールの中にぽんと置かれた犬が可哀想で、自前のタオルケットと綺麗なダンボール箱をホームセンターから貰ってきて犬の生活環境を整えた。

  少女は学校帰りに犬に自分の愚痴を言う様になり、犬は彼女の話し中に手をぺろぺろ舐めている、そんな毎日が続いていたがある日親戚に、捨て犬の世話をしている事がバレてしまう。


  第1発見者は義兄だった。少女がいつも不審に出て行くので後をつけたそうだ。少女は橋の下で犬と戯れ始めたのを義兄は面白く思わなかった。

  義兄は少女の所まで歩き、少女の髪の毛を掴み蹴り飛ばした。

 その後にダンボール事犬を海の中に投げ入れ、少女に罵倒を浴びせた義兄は少女の腕を強く引っ張り出した。しかし少女は犬の事が心配で涙を流しながら義兄の腹を蹴り飛ばして腕を解き、すぐさま海の中に飛び込んだ。後ろから義兄の怒声が聞こえてくるが無視して必至に海を掻き分け犬を探す。

  犬は結局深くまで溺れて死亡し、少女もまた亡くなってしまう事になる


  この本に感動してしまい本屋にて探し出す彼女だが、なかなか見つからない。

  本屋の店員に聞いても探してくるの一言から30分、見つからないとの事だった。本屋は駅前のここしかないので諦めようと思った彼女は本棚に歴史的に有名な文豪らの文庫本が目に止まった。


「坊ちゃん、あ!」


 聞いた事ある本で思わず口に出してしまった。静謐な空間だった為、声が響く。

  すると置くから先程の店員とは違う、羽織袴の男性がやって来て注意を受けるのかと思った彼女は


「す、すみませんでした!いきなり大きな声を出して」


 と頭を下げたものの男性はニッコリと笑って


「大丈夫ですよ。ゆっくり閲覧して下さいね」


 といい、男性は先程の本に関しての情報を彼女に促した。


「先程は申し訳ございませんでした。お客様のお探しになられている本は絶版になっているようなんです」

「そうですか...」

「お詫びにこの本、どうですか?」


 男性は棚に置いてあった太宰治の人間失格を手に取り彼女に渡す。


「え?どうって...読んだことは無いですが」


 とバツの悪そうな表情で男性を見ながら素直に受け取り、中身をパラパラと捲った。


「面白いので是非。あ、お代は結構ですよ」


 といい終えた男性は、そのまま奥に早足で移動した。

 彼女が


「え?あっちょっと!」


 と呼び止めるも無駄だった。


  彼女は不安げな気持ちのまま本を持ち帰ってしまった。

 両親は仕事でいつも家を空けているので、家に帰っても静かであの本屋の雰囲気に近い感じを思わせた。本屋が実に居心地が良かったのは家の空気に近かったからなのかと思いつつ、靴を脱ぎ揃えて、自室のベッドに倒れかかった。

  早速彼女はバッグから先程貰った人間失格を取り出し読みはじめた。


 数時間後、読み終えて彼女は一息つく。3万字弱に渡る中編作品、自虐的思考を持つ主人公が悪友との出会いでどんどん堕落していく物語だった。なんとも読み応えがあり、素直に面白いと感じた彼女は

「明日、あの本屋にいこう」

 と計画し、リビングに降りて両親の代わりに家事をこなし、独りでご飯を食べて

 お風呂に入ってまた、人間失格を読み、いつの間にか寝落ちしていた。

 

  朝、時計の針を確認した彼女は急いで支度する。昨日人間失格を何度も読み返したせいなのか気づけば朝になっていたのである。


「うわ!遅刻!?」


 すぐに降りてきて靴を履き


「行ってきます」


 の一言が響く空間を残して家を飛び出した。


  ギリギリ間に合った彼女は周りの目もあったが担当教師も、突然ホームルーム5分前に入ってきた彼女を見て静かに頷き彼女もまた、頷き返した。

 そそくさと自分の席に付き、先生が開口一番に


「え~来週はテスト週間ということで柏崎中伝統のテスト強化期間に入る。今日は半ドンだからって気を抜くなよ~。分からないことがあればちゃんと担当教科の先生に聞くこと。いいか?うちのクラスは成績1位をとるんだぞ!」


 そんな伝統いらないよだとか、すぐ帰れるだとかの意見が飛び交う中、彼女の心中では早く帰えるならすぐに本屋に寄ろうと思っているが、どんな感じに話せばいいかな?というコミュ障思考だった。

  彼女が1時限目の数学の準備をしている最中、横の女子生徒が申し訳なさそうに手を合わせて


「ごめん伊紙さん。教科書忘れちゃって、見せてくれない?」


 とお願いをされた。


「うんいいよ。じゃ机をくっつけるね」


 といい、席を立って隣の女子生徒の机まで自分の机を動かした。


「助かるよ。自慢じゃないけど忘れ物常習犯でいつも隣の子に見せてもらってたんだけど、今日休みっぽくてね」


 と、女子生徒は彼女とは逆の席をさっと目を配る。それにつられて彼女もまた目を配る。


「あ、私種子島夏子。好きに呼んでね」

「あ...うん、種子島さん。よろしくね」


 急な自己紹介に戸惑ったものの、夏子の名前を知らない彼女はどう呼べばいいか困っていたので、胸を撫で下ろした。


「数学得意?」

「そんなに。私文系肌なの」

「え?そうなんだ~私も文系寄りかなぁ」


 と何故か得意科目の話を切り出して今度は


「私の趣味、スキーなんだけどどう思う?」


 ...趣味の話に切り替わった。急に切り替わられたらどんな聖人でも唖然とするだろう。物事を順序よく考えて話すことは出来ないのか?

  しかしそんな事を口に出したら最悪、スクールカーストの下位に位置づけされ、酷い仕打ちが自分に降り掛かるだろう...そう思った彼女は仕方なく小声で夏子の話に合わすことにした。


「いいと思うよ健康的で。私は読書かなぁ」

「え?読書?地味だねー」


 ...ディスりやがった。

 

「はは...そうかな?」

「女子中学生だよ?JC!もっと華やかな趣味とかないの?」

「趣味かぁ...」

「あ!そうだ。部活見学いこうか?今日は半ドンだからやってないけど明日に」

「部活!?」


 柏崎中学は柏崎高校と繋がっている、所謂一貫校というやつだ。文武両道の学生を育てるエリート校で有名ではあり、部活については必ず所属しなければ行けない校則がある。校則という名の強い権力に苦しめられた学生もそう少なくない筈だ。

  一貫校であるから部活だって高校生と混じって過ごすことになる。柏崎中学高校は世間体ではエリート校で名が知れ渡っているらしいが後から聞いた風のうわさでは運動部の虐めが横行しているらしい。

  彼女は部活に入らなければならない事をすっかり忘れていた為、焦りを見せる。


「そうだった。部活は強制か...」

「そうだよ。部活で趣味増やせばいいんじゃない?」

「んー私運動苦手だから運動部は入らないよ?」

「えー残念ー」

 

「そこ!煩いですよ!」


  数学の教師がコソコソと喋り続ける私たちに怒声を放つ。うざいねとお互い苦い顔をしながら黒板に目を向け、長い授業を惰性で取り組んだ。

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