第5話 女子高校生 暴れる

「俺たちに抵抗するってんなら痛い目に合わせてやるよ――ッ!!」




 盗賊の一人が、ナイフを大きく振りかぶって私に向かって来た。



 日光の反射でキラリと光るナイフは、当然人を殺しうる武器である筈なのだが――九条京香は不思議と落ち着いていた。




 先ほどまでどう足掻いても勝てないと思っていた男どもだったのに――紅蓮色に輝く鎧と剣があるだけでこうも違うというのか。




 いや、違う。




 実際に私は、男どもよりも強くなったのだ。



 未だ異世界のシステムを理解できてないけど、これだけは何故か断言できた。



「死ねぇぇぇぇぇぇッ!!」






 ナイフを持った盗賊が切っ先を向けて突進してくるのだが……まるでビデオのスローモーションのような欠伸が出る遅さだ。その太った顔に拳を十発はブチかませるだろう。



 だが私は、あえてこの攻撃を回避することにした。あのナイフが私の鎧を貫くことは絶対にないと理解していたが、まだ確信というものを得ていない。



 実は強くなったと錯覚していただけでしたなんてなると悲惨な末路が見えるため、ここは一番の安全策である後方回避を選択することにした。



 私は足に力を入れて軽く跳躍するのだが――





「――――へえッ!?」




 隣の家すらも軽く超える跳躍に私は素っ頓狂な声を上げた。



 一メートル程度の後方ジャンプを狙っていたのに、想像の百倍ぐらい跳躍した。踏み込んだ地面は跳躍の勢いで勢いよく吹き飛び、まるでクレーターのごと円形に抉れていた。



 まるで月にいるかのような跳躍だった。




 その上、落下時も勢いよく地面に叩きつけられれるかと思っていたが、ここでも謎の力が働きまるで綿毛が落ちるような緩やかさで地面に着地した。当然ながら無傷である。



「……………………」



 私自身も、身に余る超人的な力に驚いてはいるが、一番驚いているのは遠くで目を見開いたままナイフをカタカタと震わせている盗賊であった。その驚きようから察するに、やはりこの身体能力は異世界であっても異常なのだろうことが分かった。



「う、嘘だろ……こ、これが『転生者』の特別な職業って奴なのか……。あ、あり得ねぇ! こんなの反則じゃねぇかぁ!」



「ど、どうします兄貴? アイツ、どーやって捕獲しやす?」



「…………むぅ」






 腕を組んでいた兄貴と呼ばれた男は、私に聞こえる声量で言い放った。




「……降参だ。命だけは許してくれねぇか?」




 首を左右に振った兄貴は――ゆっくりと両手を上げた。








 * * * * *








 適当な縄があれば良かったのだけど、この男どもから目を離すのは危険と判断し、私は盗賊達を手に頭を乗せて地面に座らせる事にした。



 いくら相手が降参したとしても油断はしてはならない事は、今日異世界に転生してきた私でも分かる。紅蓮色の剣を盗賊に向けて、奇妙な動きをすれば迷わず切り捨てるつもりだった。



「……で、俺たちはどうすればいいんだ?」



 兄貴は私を見上げ、落ち着いた口調で問うてきた。




「今すぐ死んで詫びなさい!」



「ははは。お嬢ちゃん厳しいねぇ。騎士より盗賊の方が向いているんじゃねぇかぁ?」



「うるさい! 今すぐ自分の首を切って死になさい!」



「おぉ。怖い怖い」



 私は兄貴の首元に剣を向けて脅すが、男は怯むどころか肩を揺らして笑った。……命を握られている状況なのにこの落ち着きようは何故だ? 何がおかしいんだ?



「ところで、お嬢ちゃんは本当に転生者なのかい?」



「……転生者って言うのがよく分からないけど、少なくともここの世界で生まれてはいないわ」



「なるほどねぇ。自分の職業を知らなかった所から察するに、かなり最近転生してきたようだなぁ。どうだ? この世界は気に入ったかい?」



「反吐が出るわ。一刻も早く元の世界に戻りたいわ」



「ははははは。そりゃあいきなり犯されそうになったら嫌になるわなぁ! 悪い悪い。お嬢ちゃんがあんまりも可愛いから、ついちょっかいかけちまった」



「……黙りなさい。次余計な事を喋ったら殺すわよ」



「殺すねぇ。はん。転生者は強い職業を貰って羨ましいねぇ」



 そして兄貴は、少し声のトーンを下げて言った。




「――でも、お嬢ちゃんは本当に俺たちを殺していいのかい? この世界の事を何も知らないんだろう? これからどうするつもりだ? 食料は? 土地勘は? お金は? 常識は? 言っておくが、ここから一番近くの町は歩いて三日はかかるぜ? いくらお嬢ちゃんでも魔物に襲われてあっけなく死んじまうだろうなぁ」



「……何が言いたいの?」



 私の問いに肩をすくめた兄貴は、猪の頭のてっぺんを手に取って――自分の顔を露わにした。



 意外にも整った顔の兄貴はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。







「取引をしよう。俺たちが知っている事はなんでも教えてやるから、命だけは助けてくれないか?」



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