第4話 女子高校生 盗賊に襲われる





 物心がついた頃から、私は男が大嫌いだった。



 原因は、私の大好きなお母さんにいつも暴力を振るうお父さんの存在が大きいと思う。


 普段のお父さんは無口で大人しいのだけど、ひとたびアルコールが入ればまるで別人のように気性が荒くなる。理不尽に家族に怒り散らし、成人男性の固い拳を躊躇なく振り回す。



 そんな時、お母さんはいつも私と二つ下の妹を体を徹して守ってくれた。私と妹が殴られなかったのは、代わりにお母さんが殴られたていたからであった。



 散々お母さんは理不尽に殴られるのだけど、私はお母さんが怒った姿や泣いた姿は見たことがなかった。それどころか殴られながら私達に笑うのだ。



「大丈夫だから」と。



 ――それから数年の月日が経ち、私が高校生になった頃――お母さんは病気で死んでしまった。病気で体が弱っていく中、お母さんはそれでも笑顔を浮かべ何度も「大丈夫だから」と口癖のように私達に呟いた。



 大丈夫な訳――ないに決まっている!! 



 お母さんは、私達を心配させないようにずっと無理していたのだ。本気で大丈夫な人は大丈夫なんて口にしない。あの言葉は、誰でもなく自分に言い聞かせていたのだろう。



 病気だって、長年の暴力によるストレスが病気に関連していないとは考えられない。四十そこらでお母さんが亡くなってしまったのは、ストレスを与えたお父さんと――



 守る対象だった私達のせいだと少なくとも私は考えている。私達家族がお母さんを殺したのだ。



 悔しい。



 私に守れる力があれば。

 理不尽に抗う力があれば。

 全てを防ぐ鎧があれば。

 全てを切り裂く剣があれば。

 立ち向かえる――力があればッ!!



 こんな状況も打破することができるのに!



 と、異世界に転生したらしい九条京香は――ゲームでしか見たこともない荒くれ者達に囲まれている時、そんなことを思った。

 

 





 * * * * *






「ふへへへへへ。こいつよく見たら中々の上物じゃねぇか?」


「旨そうな体だなぁ」


「怯えて顔もかーわいー」


「馬鹿な奴だな。隠れていればいいものを、俺達の前にノコノコと現れやがって。危機感っつーのはねぇのかお嬢ちゃん?」


「あ、分かった。お嬢ちゃん実は犯されたい変態だな? それなら仕方がねぇなぁ。この村には年寄ばっかで俺のマグナムを慰めてくれる奴がいなかったんだよなぁ。助かるぜぇ」



 一人の男がにちゃりと唾液で粘ついた口を開けた。ただでさえ野獣と大差ない醜い顔なのに、興奮で鼻息を荒くする姿はまるで人語を喋る化け物のようであった。



 気持ち悪い。これほどの恐怖感と嫌悪感を感じたのは生まれて初めてだ。

 お父さんは確かに暴力を振るうし理不尽だったけど、少なくとも私達を性の対象としては見ていなかった。



 知らなかった。性の対象として見られた時の粘着的な視線が――これほど気持ち悪いなんて。こんなの人間じゃない。ただの獣である。



「…………くっ」



 迂闊だった。数分前の私をぶん殴りたい。


 何かここに関して情報が得られるかもと村に入ったのだが、曲がり角でばったり出くわしたのは五人の獣の皮を纏った男どもであった。



 獣の皮に付着した返り血。血がしたたっている長刀。笑顔を浮かべる男が持っていたのは――恐怖が刻み込まれた――一男の生首。



「きゃあああああああああああああああ――ッ!!?」



 気づいた時に全力で逃げるかあるいは身を潜ませれば逃げ切ることも可能だったかもしれないけど、私は生首の衝撃でつい叫んでしまった。



 結果――しりもちをついた私の周りを五人の男が囲んでいる状況が出来上がったのであった。



「おい兄貴。この女奇妙な服を着てやがるぜ? なんだこの妙に障り心地のいい生地は?」


「さわん――ないでよッ!」




 一人の男が私のカッターシャツを握る。私は精一杯の抵抗するが、大根ほどはありそうな巨大な男の手はどう足掻いても振りほどくことが出来ない。



「そうだな。少なくともこの村の奴らにこんな奇妙な恰好の女はいなかった……と、なると。この女『転生者』か?」



 兄貴と呼ばれた――猪の頭を被ったリーダーのような男がそう呟くと周りは途端にざわつきだした。「転生者?」「転生者……だと?」「マジかよ」



「転生者か! こりゃあいい! 奴隷にしちまえば高く売れるぜッ! やっぱり俺たちはついている!」



「くっくっく。安心しなぁ。犯されたい願望のお前のために、奴隷にするまできっちりと遊んでやるからなぁ……」



「ふざける……なっ!」



「いいねぇその表情。俺ってば見下した女のプライドをズタズタにするのが大好きなんだ。さぁ。お前は何時間耐えられるだろうなぁ」


「糞野郎……ッ! その手を放しなさいッ!」


「仕方がねぇなぁ。放してやるよ」



 ニヤつく顔でカッターシャツをつかんでいた男は手を放すように見せかけて――勢いよくシャツを左右に引っ張った。



 ブチブチブチブチッ!!




 あまりの勢いに、カッターシャツのボタンは全てはじけ飛ぶ。ボタンば空中に一瞬だけ舞い、地面にコロコロと転がっていった。



 当然ながらカッターシャツの下は――ブラジャーのみである。



「おぉ! 中々デケェ胸じゃねぇか!」男どもは歓喜の声を上げる中――私は言葉を失っていた。



「あ……っ。あ……っ」



 なんだこの理不尽は。ふざけるのも大概にしろ。


 転生者? 訳わかんねぇ。異世界? ふざけるな。


 例え世界が変わっても、男と女の関係は変わんねぇのかよ。



 男は女より力が強い。これは神によって定められたルールである。だから男はこんなやりたい放題力を振るえるのだ。女の私に負ける筈がないと踏んでいるからだ。



 悔しい。



 現世で死んで、この世界でも男にボロボロにされなければならないなんて。

 結局私は何も変われないまま、終わるんだ。




 …………嫌だ。



 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。



 一生のお願いだ。神様なんて大っ嫌いだけど、一度だけ頭を下げてやる。




 ――私に、力をよこしやがれッ!!!!!!



「――――――――――ッ!!」



 私がそう願った瞬間、風に揺らめく炎が指先から噴き出した。



「あちぃっ!? なんだッ!?」




 服を握っていた男が私から逃げる。何が起こっているか分からないのは、盗賊たちも同じのようだ。



 猪の頭を被った男は少し震えた声でつぶやく。



「……聞いたことがある……。『転生者』は、俺たちが見たこともない職を持っているという話を……」



「まさか……『魔女』ッ!?」


「……いや。とにかく落ち着け……」




 盗賊たちが焦っている間にも、炎は指から手に、手から二の腕へと私の体を焼き尽くしていく。不思議な事に体は燃えているのに熱くない。燃えた箇所から力が漲るような奇妙な感覚であった。



 炎はやがて全身を包みこみ、私を中心に巨大な火柱になった。恐ろしく強い火炎の中で、私はゆっくりと立ち上がり拳を握る。



 目的は――奴らを蹴散らすためである。



 炎が消えた。視界が一気にクリアになり、私はゆっくりと首を左右に振る。半歩下がった男どもの手には武器が握られており、私の事を相当警戒している事が伺える。



「なんだよお前……その恰好は……?」




 男の一人が震える声で言った。はて? と私は自分の恰好を見て――少し驚く。



 私は西洋風の鎧を着ていたのである。一歩進むごとにガシャンと音を鳴らすこの金属製の鎧は、奴らの長刀など決して通しはしないだろう。炎と同じ色の模様がまるで血管のごとく鎧に描かれており、女の私から見てもカッコいいと思った。



 頑丈そうな鎧を着用しているのだが、重さは一切ない。それどころか、不思議とこの鎧を着ていると力があふれてきて止まらない。今ならどんなことも出来そうな気がする。




「…………ん?」



 軽すぎて気づかなかったが、私はどうやら何か握っているようだ。手を持ち上げて握っている物の正体を見ると、



 紅蓮色に染まった綺麗な剣だった。



 この剣はわずかに炎を纏っており、この剣を奴らに振るえば――豆腐のごとく柔らかさで八つ裂きに出来ることが感覚で分かった。



 訳が……分からない。



 いきなり異世界に転生させられて、男どもに襲われて、謎の力を覚醒させた。

 既に頭を抱えたくなるような状況だけど……。




 ――神様とりあえずありがとう。



 今まで信じてこなかった神様に、私は感謝することにした。



 と、突然ゲームで見たことがあるウィンドウ画面が目の前に現れた。



 そこには――




『職業・紅蓮騎士』




 と、書かれていた。 



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