第6話 女子高校生 脅す





「お嬢ちゃんが俺らを殺したいのなら殺したらいい。だが、ここは情報を選んだ方がお互いウィンウィンな関係を結べるとは思わねぇか?」



「……信用できないわ。アンタらが本当の事を言う保証なんてない」



 確かにこの世界の情報はとても魅力的だけど、このまま盗賊に乗せられるのはなんだかいけないような気がした。嫌な予感がするのだ。



「――アンタらは、私が今ここで殺すわ。今逃がしてしまったら、さっきと同じように弱い人を襲うんでしょ? そんな事――私が絶対に許さない」




 力が無い者の人生というのは、永延と弱いカードで戦うようなものである。所持金の少なさから卓から降りることも出来ず、強い者に一方的に採取され続ける。



 私はこことは違う世界で理不尽の辛さを学んだ。だから、




 偶然にもこの世界で強いカードを持ったらしい私は――奪うよりも誰かに与えられる人間になりたい。



 理不尽から守るために力を行使したい。




「はははははははは。カッコいいねぇ。心意気が騎士様だ。奪う事しかしらない俺たちとは天と地の差だなぁ」



 兄貴が手を叩いてケラケラと笑う。



「俺たちの職業は盗賊だ。今日みたいに連携が取れていない田舎村を襲って、男は奴隷として売り飛ばす。可愛い女は気絶するまで犯した後に売り飛ばす。理不尽を押し付ける素敵で立派な職業だ」



「………………」



「お嬢ちゃん。良い事を教えてあげるよ。この世界は様々な『職業』によって成り立っている。職業は大きく分けて二種類あって『天職タイプ』と『選職タイプ』だな。俺たちは選職タイプでお嬢ちゃんは天職タイプって言ったら分かり易いか?」




 兄貴が顎髭を撫でながら楽しそうに言う。つまり、こいつらは自ら盗賊を選んだというのか――?




「職業を持った人間は、職に合った才能を引き出す事が出来る。面白い事に身体能力や知識すら職業が引き上げちまんだよな。お嬢ちゃんが急に強くなったり鎧や剣が現れたのは、職業が大きく関連しているのさ」




 確かに先ほど突如現れたウィンドウ画面には『紅蓮騎士』と書かれていたので、それが私の職業の名前なのは間違いないと思う。今のところ嘘は言っていなさそうだ。



「そして職業には、それぞれ特別なスキルを持っている。レベルアップするとスキルが増えていき……まぁそこは話すと長いから割愛だな。取引をしてくれたらサルでも分かる丁寧さで説明するが?」



 見上げる兄貴に、私は首を横に振った。「はははは。残念」




「ちなみに盗賊職の俺のスキルの中に『真実の誓い』つーのがあって、それを使うと対象の相手は数分間の間嘘をつけないっていう拷問用のスキルがあるのだが、取引の時はそのスキルを自分に使って話してやろう。……最も、俺は俺は生まれて一度も嘘をついたことがないが」



「だからと言って、私は取引をするつもりはないわ」



「……仕方がない。だったら俺たちは盗賊の職業を破棄する。……これだったらどうだ?」



「なッ!?」「あ、兄貴ッ!?」




 今まで黙っていた男どもは、兄貴の言葉に驚きの声を上げた。



「あ、兄貴ッ!? 盗賊職を破棄なんて正気ッスか!?」



「正気だ正気。命が助かるんだったら何でも捨てるぜ?」


「………………」




 男は目を口を限界まで見開いた後、がくっと何かを諦めたかのように項垂れた。怒りか絶望かで強く握られた拳は、小さく震えていた。



「説明するまでもないが、職業を破棄っつーのは無職になるって事だ。身体能力は村娘以下になるし、一度破棄した職業には二度と同じ職になれない。盗賊にもう二度となれないって訳だ」



 兄貴の体からは、紫色の光がゆらゆらと全身から噴き出していた。話の脈略から察するにこれが『真実の誓い』というスキルを自分に使ったのだろう。「嘘をついていない」という事を兄貴は訴えたいらしい。




「強くなるためには違う職業を得なきゃなんねーだが、生憎俺たちの悪名と顔は近くで知れ渡っている。こんな俺たちに職を与える奴なんか誰もいねーし、職を失ったら生きていけるかどうかも分からないウジ虫みたいな存在になるだろうなぁ。どうだお嬢ちゃん? 俺は命以外全部捨てるつもりだが、それでも取引に応じてくれないか?」



「…………う」



 応じてもいいのかもしれない――。良い奴では絶対に無いが、少なくとも聞いて損することはなさそうだ。



 悔しいが、この男の言う通りである。男どもを殺したとして事態が好転するとは思えない。こいつらが二度と犯罪を犯さないならば、私が殺す必要はないのかもしれない。



「……………………分かったわ」



「ありがとようお嬢ちゃん。助かったよ」




 兄貴は立ち上がって握手をしようとして「立つな! 今すぐ座れ!」「へいへい」私が怒鳴るとニヤニヤと笑いながら従った。



「ところでお嬢ちゃん……アンタ、良い奴だろ?」



「いきなり、何?」



「いい奴って言うのは目で分かる。同じように悪い奴も分かる。濁ってるからな。お嬢ちゃんの目は俺たちが見たことないぐらいキラキラしてるぜ」



「………………あっそ」



「取引だってちゃんと応じてくれた。殺す気もないみたいだしな。……もし俺がお嬢ちゃうの立場だったら、取引に応じた後にきっちり殺すがな」



「なにがいいたいのよ」



「いやぁ。お嬢ちゃんはいい奴だっていいたいだけだよ。心が清らかで慈愛の心に満ちてらっしゃる。俺たちを殺そうとするのも他のみんなを守るため。流石騎士が天職だ。素晴らしい素晴らしい」



 だがな、気をつけなお嬢ちゃん。



 ――清いって死ぬほど脆いんだぜ?





「何を言って…………――んぐッ!?」



 兄貴の不敵な笑みに危険を感じ取った私は、構えた剣を男に向けようとして――へたり込んだ。



「……なに……これ……」



 立とうしているのに体がしびれて動かない。足の痺れは全身に広がって、一瞬の間に指先一つすら動かすことが出来なくなり、私は地面に倒れこんだ。



 圧倒的優位からの転落。死――そんな言葉が脳内に浮かび、背筋が凍る。



「……お嬢ちゃん。お礼にまた良い事を教えてあげよう」



 兄貴はゆっくりと立ち上がり、顎髭を撫でながら一歩一歩とこちらに歩み寄って来る。笑いがこらえ切れないのか、口角は常に上がっていた。



「急に全身が痺れてびっくりしたろ? これは盗賊スキル『痺れ針』って奴で、痛みのない毒針を作ることが出来るんだよな。効果が出るのに時間がかかるのがネックだが、良い技だろ? だから盗賊はやめられないんだよ」



「……う……ぐ……」



 油断していた。私はどうやら盗賊を舐め過ぎたようだ。後悔しても――もう遅い。




「この毒針は、あ嬢ちゃんが騎士になる前に首辺りに刺したんだけど、気づいてなかったろ? 取引というのは全て時間稼ぎ。全てはこの瞬間のために」



「そ、そうだったんッスね兄貴!?」



 男どもが一斉にホッと胸を撫でおろす。ぞろぞろと立ち上がり、私を見下ろす。



「なぁお嬢ちゃん。あんたって人を殺した事ないだろ? 殺す殺すって言う割には殺意を全く感じなかった。そもそも殺すを連呼する奴は殺したくねぇんだよ。命を奪う感覚に慣れてねぇ」




 ――だから負けるんだよ。




「――――ぐっ!?」



 兄貴は今日一番の笑顔を浮かべた後――私の後頭部を靴で踏みつけた。私の職業のおかげか痛みは無かったが、全身が痺れているせいでその足を振り払うことすらままならない。







「助かったよ、お嬢ちゃんが優しくて。嘘をつかなくても人を騙すことが出来る事を知らない良い人で」



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