第5話 戸惑い
「何のために生きているのだろう。」と僕は口から声に出した。彼女は別に驚いた顔はしていない。僕は別に人間が何のために生きているのかという哲学的な問いを出したのではない。自分の今の生活が息苦しいといった個人的な気持ちとまたどうすればいいのかわからないという迷いから出た言葉だった。「居場所がないんだ。仕事をしていても、プライベートでも」どうやって言葉を続けようか悩んでいると「ゆっくりでいいよ」といってくれたので、僕は少し考え込む。「何をしていても息苦しさを感じる。すべてが仕事のように感じる。今の仕事がつらいということもあるが仕事の気分転換もできない。趣味も見つからない。働いていてお金をもらっても一人暮らししていても、地に足がついた気がしない。いつも自分が何をしたいのかわからず、苦しい。みんなそんなもんだと思っていても、虚無感で心がつぶれそうになる。自分の心の中にも外にも居場所がない」
僕が少し過呼吸気味なっていたのだろうか「少し深呼吸してみたら」僕は背筋を伸ばし、胸に手をあて深呼吸をする。彼女が少し背中に手をあててさすってくれた。「ありがとう」と僕は少しづつ落ち着きを取り戻す。「自分のことを言葉にするって難しいし、苦しいよね」申し訳なさそうな顔をする。「自分との距離感が難しい。自分のことを言葉にしようとすると苦しくなる。どうせ答えは見つからないと思いながら、自分が苦しいと思っていることを言葉にする作業だから、自分のこころに踏み込めば踏み込むほどこころに痛みを感じる、不安を感じる、恐怖を感じる。」自分はもう一度深呼吸をする。でもやはり自分は言葉にする必要がある。だいぶ悩んだけど意味のないことだと思っているけど、人や何かに対して、本音で話したい。少なくとも今隣にいる彼女は僕の話を聞いてくれるのだから。苦しくても、話したい。すべきことが分かっている。でも迷っている。苦しいことが自分のしたいことなのか。「私のために話して」彼女は言った。「君のために?」「うん。」どういうことだろうかという疑問が頭をもたげる。「私のために」か、少し心が軽くなり話そうとおもったが、誰かの為にという理由を無理やりつけている自分に嫌悪感を感じた。早く話せよと自分に言うが踏ん切りがつかない。何を話したらいいのかわからないという理由もある。苦しみを表現することになんの意味がある。苦しみを作り続けている自分がいるのか。
そんなことを考えていると一つの終着点にたどり着く。僕には何にもない。だから「君と話すことを居場所とするよ。」「うーん。どうしようかなー?」といじわるそうに彼女は言う。「居場所になってあげる。」僕の反応を楽しんだ後、うつむいた僕の顔を覗きこんで微笑む。消去法で探し当てた答えだ。逃げだろうか。そんな疑問が起こったが、別にやりたいことはないし、消極的だが君と話すことが自分のやりたいことだと思った。いや思い込んだのか。「みんな生きる意味を探している。仕事のためだとか、子供のためだとか、夢のため、好きなことをするとか、人の為だとか、そうやって生きている。みんな無理やりこじ付けて演じているんじゃないか。演じることができる人間だけが社会に適応できているのか。」僕は自分で何を急に言っているんだろうとおもいながら続ける「僕はやりたいことがないわけじゃない、ご飯を食べたり、ぼーっとしたり。風を感じたり、夕日を見てきれいだなと思ったりはする。そんなことでしあわせを感じることができる。でも社会は世の中は働くことが大切かのように言ってくる。それに逆らえずにぼくも今まで生きてきた。彼らのようになるべきだ。成長することが大切と思い込んでいた。わからないことがあると自分がまだ経験が足りないからだと思って、踏ん張ってきた。でもその度に自分自身を落っことしてきた気がする。自信も失ってきた。もしかして何もないのは自分のほうじゃなくて、社会のほうではないのだろうか。少しは自分自身がしたいように感じたいように生きればいいのではないだろうか。」と彼女に問いかけた。「難しい問題だね。深く考えれば教育にも関わって来そうだね」と彼女は軽く受け流す。「社会とかそんな難しいことも話してもいいけど、もっとあなたを知りたいな。自分の心を隠さないで」彼女の言葉に少しドキリとする。言葉、理屈に頼りすぎている自分がいた。それはすぐ思想や何か利用される気がした。価値がある言葉なんて嫌いだ。何かの材料にされる言葉なんて。「自分の言葉に価値や判断なんていらないよ。汚い言葉でもいい、吐き出しちゃえ。」彼女も少しめんどくさそうに言った。ぼくもそれにつられて、なんでもいいやという気持ちになって、汚い言葉を口にする。
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