第3話 また、この場所で

 たわいのない会話、子供たちの声、風の音、虫の声、夕食の匂い、車が通る音、砂利が踏まれる音、葉っぱがすれる音、手を洗う水の音、自分と彼女の呼吸音、仕事の心配事、彼女が隣にいる緊張感、カラスの鳴く声、自分の心臓の音、彼女の髪の毛のにおい、自転車が通る音、クラクションが遠くで鳴る音、ぼーっとしながらベンチで足をぶらぶらしていると彼女が「子供みたい」と笑って言う。僕は恥ずかしくなって、足を止めた。でも少し悪くない気持ちだ。「なんか楽しそうな顔していたよ」彼女はそう言った。


 何もない時間、何を考えても何を感じてもいい時間。意味や価値に縛られない時間。名前のない気持ち、あいまいな感情、その雰囲気が彼女に伝わったのだろうか。「気持ちや感情を言葉にする必要なんてない思う」彼女の急にまじめな言葉に動揺することなくすんなりとそうだなと心の中でうなずいた。


 僕のおなかの虫が鳴る、彼女のほうを見るとクスッと笑いをこらえている感じだった。まあ、確かに大きな音を出したからなと思った。「どんだけ、おなかすいているの(笑)」「別にいいじゃないか」と答える。「もう暗くなってきたし、もう帰りましょ」と彼女はそう言いながら席を立ち、背伸びをしてから荷物を整え、僕の方を見た。僕は少し寂しさを感じながらも一息おいて「そうだね」と言い、荷物を整えベンチから腰を上げた。「また、この場所で」と彼女と約束をして、別々に公園を後にした。



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