第29話

☆三南航星


 最初は何の冗談かと思った。見慣れた父親の姿をこの異世界で見たからだろう。ゲームに登場する城兵のように、甲冑を身につけている。そんな父親との遭遇は全く予想していなかった。

 リザと別れて、カノンとともにこの世界で帰宅する。見覚えのない自宅で俺は両親二人と向き合って話すことになった。異世界からやってきたこと、先ほどまで巻き込まれていた出来事、そして学院に誘われたこと。

 最初は無断外泊を怒っていた両親だったが、俺に魔力が無いことで異世界の話は信用してもらえた。多少微妙な空間となったこの世界の我が家。しかし全てを母親があっさりと受け入れてくれたことで、気まずい雰囲気はそう長くは続かなかった。

 話が一段落ついたところで父親は晩酌を始め、俺はどこにいても居心地が変わらないことから、テーブルを挟んで反対側に座ってその様子を見ていた。

「……どうした?」

 葡萄酒を片手に持つ父と目が合う。着ているものや周囲にある調度品、家の中の様子などは全く違う。しかし父親はあくまで父親だと感覚が告げるように、不思議と親近感を抱いてしまう。それほどに、違和感の中にしっかりと父親が存在していたのだ。

「いや、世界が変わっても雰囲気は変わらないんだなって」

「そうか、俺もそう思っていたところだ」

 どうやら親子で同じことを思っていたようだ。ならきっと母親も同じことを考えた結果、俺を受け入れるという決断に至ったのかもしれない。

「そっちの世界の俺はどんな仕事をしていたんだ?」

「警察官だよ」

「けいさつかん?」

「えっと、治安維持や犯罪の取り締まりをする人達の職業だよ」

「おぉっ、そうか。じゃあ俺と一緒じゃないか。これは面白いな」

 世界が変わってもやっていることは同じで、当人らしい雰囲気はしっかりある。異世界から来た親子だというのに、親近感を覚えてしまうのはやはりそういう共通点があるからなのだろう。

「俺は警備隊所属だ。やることは治安維持に犯罪の取り締まりだ」

 父親のことを饒舌だと思ったことはなかった。それはおそらく世界が変わっても一緒だろう。しかし葡萄酒の影響もあってか、今日の父親は意外と饒舌だった。

「世界は変わっても俺は俺ってことか。じゃあ、俺の子は俺の子だ」

 煽るように葡萄酒を一気に飲む。何かを祝福するかのような笑顔が見える。

「よそから来たと思うな。ここはお前の家だ。気遣いはいらん。そして、今まで通りに接してくれれば良い」

「今まで通りって、世界が違うのに……」

「本質的なところは変わらないってのがわかっただけでいい。それ以上の理由は必要無いんじゃないか?」

 空になったグラスに葡萄酒を注いでいる。そして俺の目の前になみなみと葡萄酒が注がれたグラスを突き出してくる。

「どうだ? 飲むか?」

「いや、未成年だから飲まない」

「未成年? なんだ、そっちは年齢で大人か子供か決められているのか?」

「まぁ、そんな感じかな。他の国に行くと違ったりするけど……」

 十八歳や二十歳などの年齢で線引きがされている。少年法などもそうだ。それが俺の生まれ育った日本という国の法律だ。

「こっちはそうじゃないってこと?」

「年齢制限が無いわけじゃない。ある程度の年齢に達すると試験を受ける資格がもらえてな。その試験に合格すれば晴れて成人と言うことになる」

「成人するのに試験を突破しないといけないのか」

「この制度は始まってまだ十年経っていないが、これのおかげでバカな大人は減ったな」

「なるほど、それは良いかもしれない」

 父親が毎年、成人式で暴れる人達を見て愚痴をこぼしているのを知っている。

 年齢での成人ではなく、成熟して試験を突破できたら若くても成人として扱われる。この考え方はけっして悪いものではないと思った。

「成人できなきゃ就職もできないし結婚もできない。未成年で罪を犯した場合、刑期以外に成人試験を受ける権利を一時的に失う。いい年になっても未成年って嫌だろう?」

 三十歳になっても四十歳になっても未成年として扱われる。ものすごく冷たい視線にさらされながら生きていくことになりそうだ。

「その成人の試験って何歳から受けられるようになるんだ?」

「十五歳からだ」

 時代が少し遡った気がした。江戸時代までは元服という制度があり、およそ十五歳で大人とされていた。状況によって多少前後はあったが、十五歳という年齢が一区切りになっていたのだ。

 十八歳や二十歳を一区切りとする現代日本よりも若い。その分早く大人としての自覚を持つことになるのだろう。そして試験というハードルがあることにも様々な効果がありそうだ。

「これも全部オルレア様が来てからのことだ」

「え? オルレア?」

「そうだぞ。あの方が来るまでのこの国は、まぁ自慢できるような国ではなかったな。それをたった十年でここまで変えてしまった。元傭兵とか関係ない。彼女が現れてから、能力を持っていることが優れた点だという認識が広まったんだ」

 様々なことを変えてしまった一人の人間。戦えば英雄と呼ばれ、内政でも手腕を発揮している。そんなすごい人がいて、今日その人と会って戦う羽目になった。もしかするととても貴重な経験だったのかもしれない。

「おっと、酒がなくなったな」

 グラスに注ぐ葡萄酒がなくなったことで父は晩酌を打ち切った。グラスの葡萄酒も全て飲み干すと、さっさと席を立つ。

「自分の部屋と言えるかどうかわからないが、この奥で寝ると良い」

 この世界の俺の部屋を教えて貰い、俺も席を立って部屋へと向かう。

 部屋の中はベッドがあって机があって本棚がある。ゲームや家電製品がないことを除けば、俺の部屋とそれほど大差は無かった。

「壁や天井の色や高さの違いには追々慣れていくしかないか」

 全く同じ部屋ではないので違和感はある。しかし全く居心地が悪いというわけではない。こちらの世界に元々いた俺と、こちらの世界にやってきた俺。その感性も根本的なところで似通っているということなのだろう。

 ベッドに腰掛け、仰向けに倒れ込む。俺の部屋のベッドより幾分か硬い。

「それにしても、とんでもない一日だったな」

 目が覚めたら異世界にいて、モンスターと出会って、教会で襲われて、盗賊と戦って、有名人とも戦わされた。これだけの出来事がたった一日だったということが信じられない。

「これで一日、か。俺……これから先、やっていけるのか?」

 今日は確か四月一日。学院に通うというのは、現実では進学のようなものだ。そう考えるとこれからの学校生活というものが多少不安に思えてくる。

 これほど濃密な一日を過ごしたのは生まれて初めてだ。その一日がこの異世界での初日であることから、翌日以降も濃密な日々が待っているのではないか。そういう想像がどうしても働いてしまう。

 ネガティブな考えが頭の中を支配する中、その支配が徐々に薄まっていく。単純に睡魔に襲われ、眠気が思考を封じているだけ。二度ほど死にかけたこともあるからだろう。今日はとんでもなく疲れた。その影響がこの睡魔なのだろう。

 明日以降はもう少し気楽な日々でありますように、そう願いながら俺は睡魔に身を任せることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻想冒険記 猫乃手借太 @nekonote-karita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ