第28話
★コウ
俺達は日の暮れた夜道をふらふらになりながら歩いていた。帰路と言って良いのか定かではないが、この世界における俺達の家へ。そこ以外に今は居場所がない。
「まだ痛い……」
ともに歩く幼馴染みはまだ愚痴を漏らしている。
「魔法で完治させただろ。痛いはずはない」
「でも痛い……気がする」
二重にかけた硬化の魔法を易々貫通する武器もさることながら、爆発する高層階からの脱出も平穏無事とは行かなかった。
飛び降りながら箒に魔力を込めて、なんとか飛ぶことはできた。いや、飛ぶことができたというのは語弊がある。正確には落下速度を和らげることができた、というのが正しいだろうか。
あの高い建造物の近くに建っていた、比較的背の低い建物の屋上になんとか着陸できたのはよかった。だが無傷とはいかなかった。俺は着陸の際に足の骨を折ったし、カノンに至っては応急処置したばかりの肩をもう一回負傷した。
カノンが訴える痛み。それは二度にわたる重傷の記憶から来るものだと、俺は思っている。
「……ってか、あの武器何? 硬化の魔法が全く通じなかったじゃん! もう、どうなってんの?」
その怒りに近い意見には俺も同意だ。硬化の魔法のおかげで銃による攻撃は防げた、そう思っていた。しかし銃というものはどうやら俺達が思っている以上にすごい武器で、多種多様なものがあるようだ。
単発の小型、連射の大型、高威力で単発の大型……まだまだあるかもしれない。そう思うとこの世界に対して恐怖さえ感じる。魔力が無いため察知できない。そしてあの威力。どこからいつ狙われるかわかったものじゃない。魔法が使えると言うことを優位だと考えていた俺の考えは、完全に否定された形になる。
「うー……魔法の無い世界で魔法が使えると強いと思ってたのにぃー……」
カノンの希望的観測だが、俺も正直その優位はあると思っていた。世界に魔力が無いため用途のなくなった魔法も多いが、それでも使える魔法はまだまだある。その魔法を駆使すれば様々な有事に対応できる。そう思っていた目論見は甘かったことになる。
「落ち着け、とにかく今はこの世界のことを知らないとな」
この世界がどういう構造でできているのか、この世界にはどのような武器があるのか……知らなければならないことは山のようにある。魔法がない世界に対する認識が甘く、魔法がない世界では魔法を用いない武器が存在している。そしてその武器が魔法に引けを取らない、もしくは魔法を超越するような武器である可能性。そこまで考えが至っていなかったのだ。
「はぁ、もういい。今日は疲れた。寝る」
カノンは考えるのを放棄した。確かに疲れた。魔力の消費は思ったより多いかもしれないので、しっかり休んで回復しなければならない。
「あー、我が家じゃないけど我が家だからただいまー!」
「わけわかんねぇよ」
この世界の俺達の家。だから一応我が家。しかし慣れ親しんだ家ではない。だから厳密に言えば我が家じゃない。そういうわけだが、もうそんなことを考えるのも疲れるだけだ。思考を放棄したカノンに倣って、俺も思考を放棄したら今は楽になるかもしれない。
家の扉を開ける。するとそこにはこの世界の俺の母親が、俺達の帰りを待っていたかのように立っていた。
「コウママ、ただいまー!」
「おかえり、カノンちゃん」
俺達を笑顔で迎えてくれる。しかしカノンを家の中に入れる様子は見られない。
「カノンちゃんのお家はお迎えだからね。今日は帰りなさい」
「え? あー、そっか。んー……じゃあ、そっち行こっかな」
カノンは踵を返して正面にある家へと向かう。扉を開けるとそこにはこの世界のカノンの母親が待っていた。
母親同士、何か目配せをして無言の相づち。ちょっとした不気味さを感じていると、カノンが母親は扉の向こうへと消えていった。
「はい、コウちゃん。おかえり」
「ただいま」
見慣れた顔のはずなのに、聞き慣れた声のはずなのに、なんとも言えない違和感と居辛さがある。しかしこの世界の俺達の家はここになる。この状況になれなければならないのだろうか。
そう思っていると、リビングで母親に促されて椅子に座らされる。
「ちょっと話があるんだけど、いい?」
「ああ」
断る理由はない。この世界では親子だ。
「えっとね、なんて言って良いかわからないんだけど……」
少しの静寂。考える母親の次の言葉を俺は待った。そして出てきた言葉は、さすが一児の母親だった。
「あなた、コウちゃんよね?」
俺という人間が、この母親の子供であるかという問いだ。俺が感じている違和感や居辛さを向こうも感じ取っていた。そういうことだろう。
さっきカノンの母親との無言の目配せはきっと、この違和感に関わる何らかの意見交換や情報共有があってのことだろう。
「それとも違う? だったら、あなたは誰?」
母親の顔は真剣そのもの。元の世界でもここまで真剣な母親の表情を見たことはなかった。だから俺は、はぐらかした答えは言えなかった。
「俺は俺。コウで間違いないんだ。だけど、この世界の俺とは違うんだ」
俺は自分のことについて話す。目が覚めたらこの世界にいたこと、俺達が元々いた世界は魔法があってこの世界とは全く違うということ。そして俺達は元の世界に帰る方法も探そうと思っていること。証明するために簡単な魔法も披露した。
元の世界でもここまで母親と向かい合って話したことはなかったかもしれない。本物の母親よりも、異世界の母親と真剣に向かい合っている。不思議な心境だった。
「……そう」
ひとしきり黙って俺の話を聞いた母親。一言呟くと、またしばらく黙り込む。しかし少し間を置いて、母親は何故かすっきりした顔になった。
「まぁ、それならいいかな」
「……は?」
予想外の反応だった。本当の息子ではないというのに、この世界の住人ではないというのに、それらを全てあっさりと受け入れてしまったかのようだ。
「だって、違う世界のコウちゃんでも、コウちゃんはコウちゃんでしょ?」
「え? いや、まぁ、そう……なのか?」
「性格とか言動は似てるのよね。だからきっと、二つ世界があって、入れ替わってしまったってやつかな」
状況的にそう考えることもできるが確証はない。それなのにあっさりとその事実を受け入れてしまう。自分の母親とうり二つの存在と言うこともあり、俺の母親もこんなものの考え方なのかと、確認のしようがもう無いことを色々と考えてしまう。
「それに、二つの違う世界で入れ替わって、どっちもコウちゃんだって言うなら同一人物ってことでしょう。だったら向こうに行ったコウちゃんもきっと元気にしていると思うのよね。なら、私のコウちゃんはちょっと遠くに旅行に行っていて、もう一人の私のコウちゃんを代わりに預かった。そんな感じかな」
そう言って俺に優しい、母親らしい笑顔を見せる。自分の母親がこんなにも器の大きな人間だとは重いもよらなかった。元の世界に変えることが出来るかどうかわからないが、もし帰ることが出来たら母親と面と向かって話してみたい。
「元気で、健康でいてね。あなたが元気だときっと……向こうに行ったコウちゃんも元気だと思うから」
異なる世界に同一人物がいる。そう考えるとその二人はもしかすると運命共同体なのかもしれない。もう一人の俺が死んだら俺も死んで、俺が死んだらもう一人の俺も死ぬ。確証はないし確かめようもないが、なんとなくそんな気がしてくる。
「俺が元気で健康で……か。気をつけます」
俺自身のためだけでなく、もう一人の俺のためだけでもなく、俺の本当の母親と目の前にいるもう一人の母親、そして父親とまだ見ないこの世界の父親。そういう身近な人達のためにも、俺は自分の身体というものについて、生まれて初めて真剣に考えることになった。
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