第27話

★コードネーム・クイーン


 合流ポイントは沿岸部。人のいなくなった夜の港。そこにゆっくりと黒いヘリが舞い降りる。闇夜に紛れる猛禽類のように飛び、素早く港に降り立った。

 着陸地点には大型トラックの荷台。その上にヘリが綺麗に着陸。扉が開くと同時に、私たちの指揮官、コードネーム。アルファがヘリから飛び降りる。続いて狙撃兵のコードネーム・イーグルアイ。操縦士は最後の操作を行ってからヘリを降りる。

 このヘリのメインローターとテールローターは折りたたむことができる。その折りたたみの操作が操縦士の最後の操作。折りたたみ操作が行われている間に、大型トラックの荷台には壁や天井を設置する準備が着々と整えられていく。

 折りたたんでコンパクトになったヘリを大型トラックの荷台に乗せ、後から荷台に壁や天井を設置する。そうすることでヘリを人目につかずに運ぶことができる。いつものことながら、作業員の手際は良い。全ての作業が無駄なく早い。

「クイーン。そっちの状況は?」

 車の中で作業の様子を見ていると、アルファが運転席に乗り込む。後部座席にいた私は即座にタブレットやノートパソコンを操作。彼女が欲する情報を用意する。

「アメリカ政府はテロ殲滅作戦成功対し、事前協議通り成功報酬を支払うとのことです。テロ組織が発足した中東諸国、被害に遭っていた欧州各国も同様に成功報酬の支払いに応じています。日本政府は成功報酬一時金の支払いは確約、最終的な報酬はテロ対策特別措置法が決まった段階での支払いとなります」

「予定通りね」

「あれだけ大きなビルを大々的に爆破したのですから、法案の通過は民意の後押しもあって確実でしょう」

 車のエンジンがかかる。その頃にはもうヘリの姿はどこにもなく、この港には数台の車と一台の大型トラックがあるだけだった。

「今回の件に先立ち、警察と政府関係者にはしっかり情報を流しておいたわ。爆破前には警察の交通規制もあって被害は最小限。テロ組織の支部も制圧済み。あとは警察がそこを調べて情報を入手。一部をメディアで流せば、全て予定通りね」

 テロ組織一つを完全に殲滅する。それ自体、彼女にとって難しいことではない。しかしその難しいことをやるのに、世界の様々な国とのパイプを行かして成功報酬を各方面から得る。仕事はたった一つなのに、クライアントの数を増やしたのだ。これほど効率の良い仕事は他にはないだろう。

「総員、予定通り拠点へ帰還せよ」

 アルファがむせんで全員に指示を出す。おそらくこれが最後の指示だ。指示を受けたことで車や大型トラックは動き出す。もちろん、アルファも車を発進させた。

 その頃、頭上に警察のヘリが現れる。こちらには目もくれず、通り過ぎていった。

「クイーン、少し調べて欲しいことがあるの」

「何ですか?」

「二人の人間を探し出して欲しいの。本名はわからないけどニックネームはコウとカノンの二人。男女一名ずつね」

「……それだけを頼りに人手で探すのは手間ですね。人工知能を使用します」

 パソコンで検索条件を入力。本部の人工知能に送信、検索結果をこちらに送って貰う。

「コウ、カノン。この二つのニックネームに合致する人物が出てきました。カノンの方は少ないですが、コウの方は意外と多いですね」

 人工知能の検索結果を見て、これだけでは探している人物は見つからないだろう。本名の場合はさらに検索数が増えるのだが、あくまでニックネームで探した結果だ。

「そこから二人が一緒に行動しているとわかるものは?」

「います。そうなると一組だけですね」

 コウとカノンというニックネーム、二人で行動しているのがわかる。その検索結果に合致する一組を発見した。

「二人とは別人ですが、二人のニックネームの記入がある投稿です。写真もあります」

 ネットに顔や名前を出す人達と発達していった人工知能のおかげで、ある特定の人物を探すのは難しくなくなった。もちろん全てを見つけ出せるというわけではない。ネットを使用していて、そこに日記や写真などを投稿している当人、もしくは身近にそういう人がいる場合限定だ。

「……その二人ね。間違いないわ」

「間違いない……ですか」

 写真を見てアルファの求めている人物だったようだ。

「……ねぇ、クイーン。あなた、魔法使いってこの世界に実在すると思う?」

 現実主義者のアルファらしくない質問。突然の質問に私は返答に困るが、少し考えて率直に自分の考えを述べる。

「人心掌握術に長けている、または心理学を修得した、マジシャンやメンタリストのことですか?」

 まさか漫画やアニメやゲームや映画に出てくるような魔法使いの話ではないだろう。マジシャンやメンタリストの話を出してから思ったが、私は頭の中で即座に否定した。

「いいえ。何もしないで火を起こしたり風を吹かせたりする、おそらくあなたが思考から排除した方の魔法使いのことよ」

 頭の中で読まれるのは昨日今日始まったことではないので、特に気持ち悪いとか気味が悪いと言うことは感じない。しかし頭の中から排除した方の選択肢だと言われると、自分の選択肢が誤っていたみたいであまり気分は良くない。

「そんなものは実在しません」

 思考から排除した魔法使い。漫画やアニメやゲームや映画に出てくる、架空の存在。それが実在するなどありえない。

「そうね。まぁ、そう考えるのが普通ね」

 軽快にハンドルを操り、カーブを曲がって目的地への残りの距離を縮めていく。

「中世ヨーロッパの魔女狩りは知っている?」

「アルファ、あなたは私をなんだと思っているのですか? それくらい当然知っていますよ。キリスト教により行われた異教徒狩りですよね」

「ええ、じゃあ大航海時代については?」

「大航海時代は新大陸をはじめとした様々なものを発見するため、主にスペインとポルトガルによって行われました。そこから新たな交易や布教も行われています」

「そうね」

 車を運転しているためアルファは常に前を見ている。私と視線が交わることはない。

「もし魔法使いがこの世界に存在したとするなら、魔女狩りはとある勢力が魔法使いを探し出すために行ったもので、大航海時代はヨーロッパ以外の地にいる魔法使いを探し出すためのもの、って考えられると思ったのよね。異教徒狩り、布教や交易は大義名分であったり隠れ蓑だったりするのではないか、という話よ」

「何ですか? 新しく小説でも書き始めましたか?」

 あまりにもバカげた話だ。しかし創作物としてその話を使用するのは悪くないのではないか。そう思えるほど、歴史に関心のある私にとっては面白い話だった。

「フリーメイソン」

 アルファがとある名を口にした。私はその名を聞いて、先ほどの話とその名が合致した。

「まさか?」

「そのまさか、かもしれないのよねぇ」

 世界に魔法使いなど存在しない。それはこの時代、一部の地域を除いて常識だ。しかしその常識が徹底した魔法使い狩りによって作り出されたものだとしたら、世界に魔法使いがいてもおかしくはないだろう。

「あなたは魔法使いを見たのですか?」

「えぇ、まさに今日、ね。初めて見たわ。今朝の私なら、魔法使いの話をしても鼻で笑っていたかもしれないわね」

 信号待ちで車が止まる。赤信号で待つ最中、バックミラー越しに視線が交わる。

「上手く使えば……私たちの利になるかもしれないわね」

「上手く使う?」

 アルファが何を言っているのかよくわからない。しかしそこで気が付いた。信号待ちをしている時に見える景色。ここは正規の帰還ルートではない。

「ふふっ、あの爆発でも生き延びるなんて、こんな手駒を逃がすのは惜しいわね」

 信号待ちの車内から見える人混みを見ながら、彼女は笑っていた。彼女が見たという魔法使いが、その人混みの中にいたのだろうか。

「さっそく、詳細を調べてみることにしましょう。手がかりもあることだし、ね」

 人工知能が見つけ出した写真を一瞥する。十代中頃の男女。コウとカノンというニックネーム。この二人は、とんでもない人に目をつけられてしまったのかもしれない。

 信号が青に変わり、車が動き出す。人混みの中から特定の人間を見つけ出す能力を私は保有していない。直接この目で見ることは叶わなかったが、彼女に目をつけられた二人の魔法使いに、心の中でできるだけ優しい言葉をかけてやることにした。

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