第25話

★コウ


 星が見える。比喩でも何でも無く、実際に目の前は一面の星空のみ。懐に入り込まれて、顎を下から掌底で突き上げられた。

 すぐに体勢を立て直そうとするが、足がふらついて膝をつく。まるで地面が揺れているかのように頭がふわふわふらふらして、自分が自分でないかのようだ。

「軽い脳震盪よ。無理せずに休んだら?」

 忠告はありがたい。しかしそれは受けられない。即座に魔法で治癒を行い、身体を正常な状態へともっていく。

 しかしこれで何度目の治癒魔法だろうか。外面をどれだけ魔法で硬化しても、身体の内側に異常を来す攻撃をされる。だからといって硬化をしなくていいのかと言われれば、そういうわけにはいかない。そのため魔力の消費は激しかった。

「あら、本当にタフね」

 アルファの余裕そうな表情をなんとか崩してやりたいのだが、その糸口さえつかめずにいた。

 そもそもアルファの奴の戦い方が読めないし、慣れない。戦いの最中に攻め方や駆け引きの手法がころころ変わる。足技で攻めてきていたかと思いきや、カウンター狙いの投げ主体に変わったり、鋭い拳打が来たかと思いきや、まるでこちらの守りをすり抜けてくる蛇のような軌道に変わったりする。

 人によって得手不得手があり、自分なりのタイミングや距離感やパターンがあるものだ。しかしこの女にはそれが全くない。何人もの人間が一つの肉体を使って、入れ替わり立ち替わりしているかのよう。

 つかみ所も無く、対応策も無く、時間とともに魔力だけが消費されていく。

「……ふぅ、残念ね」

 戦闘態勢を解いたアルファは俺達から距離を取る。

「良い暇つぶしになったわ。機会があったらまた会いましょう。機会があれば、ね」

「それはどういう……」

 俺の言葉を遮るように大きな音が近づいてくる。夜空を保護色にするかのような黒い飛行物体。それがアルファの上空で留まる。

「迎えが来る時間、ということ。じゃあね」

 現れた黒い飛行物体。空中に留まりながら扉が開かれ、そこから縄梯子が屋上に垂れる。

「あーっ! 勝ち逃げ! 許さないぞ!」

 いつの間に回収していたのか、カノンは拾っていた銃を構える。縄梯子に捕まるアルファに狙いを定め、この武器特有の轟音が鳴る。しかしそれはカノンが持った銃からではなく、空に留まる飛行物体から。

「……え」

 俺の時が止まった。轟音とともにカノンが吹っ飛んだからだ。それも鮮血を散らして。

「カノン!」

 すぐさま駆け寄る。カノンは左肩に穴が開いて、血がドクドクと流れ出ている。

「マジかよ……硬化を二重だぞ……」

 身体の表面を強化させる魔法。それも二重。それがいともたやすく貫通した。

 空に浮かぶ奴らからの追撃はない。どうやらとことん手加減されているようだ。

「くそっ!」

 即座に風穴が空いたカノンの肩に手を置く。そして治癒魔法で傷口を塞ぐ。硬化魔法のおかげで風穴だけで済んだ。そう言って差し支えない。魔法が無ければ、カノンの左肩は胴体から完全に離れてしまっていたことだろう。

 傷口は表面よりも内部の方の損傷が激しい。しかしひとまず応急処置として出血は止めることができた。

「コウ……まだ痛い……」

「我慢しろ」

 完治まで時間を費やしている余裕はない。

 治療は一段落。空に浮かぶ物体に目を向けると、アルファが銃を構えている。その口がぱくぱくと動いたが声は聞こえなかった。翻訳魔法の欠点は読心術ができないこと。だからあいつが何を言っているのかはわからない。しかし、言いたいことはだいたいわかる。

 おそらく「さようなら」だろう。

 銃の狙いは俺達じゃない。屋上の一角。隅の方に狙いが定まっていた。そちらを見ると、なんとなく見覚えのあるグレーの楕円状の物体がいくつか置いてある。

「あれ……は……」

 この世界で目覚めたとき、映像魔法のようなもので見たガスボンベとかいう名前の奴だったか。爆発魔法波の爆発を引き起こす危険なものだ。そこへアルファは狙いを定めていて、先ほどなんとなくわかったあいつの言いたいこと。

 それらが一瞬で、頭の中で合致した。

「カノン! 逃げるぞ!」

「え?」

「早くしろ!」

 カノンを無理矢理立ち上がらせる。ひとまず屋上から逃げられれば、そう思って階下へと続く扉の向こうを目指す。しかし、その瞬間足元が大きく揺れる。

「な、なんだ?」

 足元のはるかしたから爆音が聞こえてくる。何も爆発魔法をはるかに超える、強烈な爆発だ。それも何度も何度も。足元に感じる爆発と足元の揺れ。それがこの建物の寿命が長くないことを告げていた。

「カノン! 箒だ! 飛んで逃げるぞ!」

「この箒、まだ魔力入ってない!」

「飛びながらやれ!」

「そんな無茶な!」

 俺は箒とカノンの手を片手ずつ持って走る。そして屋上からカノンと一緒に、魔法の無い夜の街へと飛び出した。

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