第24話

☆三南航星


 殺陣。率直にそう思った。

 まるで事前に打ち合わせをしたかのように、繰り出される刃を時にはあっさりと、時にはすれすれで避ける。動きにくいはずのドレス姿なのに、その動きに一切の無駄がない。撃たれる魔法も簡単に迎撃する。手で、はたき落とすか、はじき飛ばすか、はじき返すか……とにかく通用しない。そう、ありとあらゆる攻撃が通用しないのだ。

 極めつけは三人まとめてあしらわれる。ルワーリオの突きを素手で方向を変えてリリアルの剣を受け止め、その二本の剣で挟むようにして俺の刀が受け止められる。そして手首を返して指で三本の刃を絡め取り、手から剣が離れて宙を舞う。

 素手になった瞬間、目にもとまらぬ速さでルワーリオが掌底で吹っ飛ばされた。それに驚いている間にリリアルが掌底で吹っ飛ばされ、俺は守りの体勢に入るもその防御ごと吹っ飛ばされる。

「げほっ……」

 吹っ飛ばされて地面に背中から落ちる。痛みと衝撃で呼吸が止まる。

 追撃を気にしていると、背後から飛びかかったリザが俺達と同じように簡単にあしらわれていた。くるりと宙を舞って、地面に叩きつけられる。飛びかかってきた相手の武器を封じつつ、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。合気道の達人かと思えてしまう。

 そして何より怖いのが、この状況で使われているのが右手の手首から先だけだということ。後は軽いフットワークで動くだけ……と、言ってもここは魔法の世界。その移動が目で追うことすらつらい。

 攻撃はしているものの、一度も効果的な攻撃はできていない。それどころか遊ばれながら徐々に体力を削り取られていっている。このままいくと、それほど長くもたないままダウンしてしまう。

 その時、銃声が響く。俺達四人の相手に集中している隙を突いて、カノンが撃ったようだ。完全な死角からの不意打ちの弾丸。避けられるはずがない。普通は……

「う、嘘だっ!」

 完全な死角からの不意打ちに銃撃も避けてしまった。拳銃の弾丸は音を聞いてから動いて避けられるようなものではない。銃を撃つときに引き金を引くタイミングで避けるという技はよく漫画で見るが、それでも視界の中でなければ不可能だ。

 オルレア・ローシュバイン。彼女には未来が見えているのではないか。そう思えるほど、いやそれ以外考えられないほど、彼女の回避防御反撃は無駄がなく完璧だった。

「あらあら、諦めて大人しくしているかと思ったら、言動に似合わずずいぶんと策士なのかしら?」

 カノンは事前に色々と考えては動かない。だから策士だということはまずない。おそらく早々に戦線離脱したあと、戦いを見ていて不意打ちをしてみることを思いついたのだろう。そんな即興の思いつきさえ簡単に避けられてしまえば、確かに目の前で怒った現実を疑いたくもなる。

「まぁ、まだ戦闘中だと自分で主張したわけだし、わかっているわよね?」

「え、えっと……」

 オルレアがカノンの方へと歩み寄っていく。カノンは少し悩んだ後、破れかぶれで引き金を引く。銃声とともに発射された弾丸はいとも簡単に避けられ、カノンはあっけなく弾切れとなってしまった。

「タイム! リロードタイムちょうだい!」

「あら、数が決まっているの? じゃあ、もっと計画的に使わないとね」

 ニコニコ顔のオルレアはカノンの目の前までやってくる。そして容赦の無い掌底で吹っ飛ばされた。

「けほっ、けほっ……こ、今度こそ……戦闘不能……」

 数回咳き込んで、地面の上に大の字で倒れ込んだまま動かなくなった。やられ間際の台詞から死んだということはないだろう。しかし手痛い一撃にノックアウトしたのは間違いない。

「さぁて、もう終わりかしら?」

 倒れたり、膝をついたり、満身創痍状態の俺達。対するオルレアは無傷で息一つ切れていない。本当に人間なのか。存在自体を疑いたくなる。

 カノンがノックアウトしたことはさほどおかしいことではない。それでもあいつのことだから余力は残してあるだろう。全力を使い切るということはまずあり得ない。必ずどこかで手抜きがある。それが俺の幼馴染み。そしてまたさっきみたいに思いつきで何かを仕掛ける。

 次に何を思いつくかはわからないし、思いつくのかどうかも定かではない。そんな不確かなあいつだが、長年付き合ってきた俺の直感は告げていた。あいつはまだ何かをしようとしている、と。

「ふふっ、まだやる気があるようで嬉しいわ」

 手元から離れた刀を拾い上げ、勝ち目のない戦いに挑む。どのみち俺達は殺されることはない。ならば、今はカノンのお遊びに付き合おう。カノンがしでかす何かが、オルレアという人間の想像を超える。その理想の可能性がまだわずかに残されているから。

「でも、急がないともうあまり時間が無いわよ」

 日は暮れている。兵士達もほとんど見える位置にいない。タイムアップまでもう間もなくだ。作戦はない。それでも、俺は俺の直感を今は信じるほか、勝ち目は無い。

「はぁ、入学試験、ね。難関だ」

 服を脱いだら身体は痣だらけかもしれない。じっとしていても体中がじんじんと痛む。それでも動けないほどの怪我はない。右手だけというハンデに加えて、さらに手加減までしてくれているのだろう。まったく、とんでもない世界に来てしまった。

 それでも生きていくためには、ここでなんとしても入学試験に合格する必要がある。明日の生活も定かになっていないのだから。

「こうなったら、もう破れかぶれだ」

 勝利条件は確か、右手以外を使わせれば良かったはずだ。なら刀一本で行くより、攻撃手段が二つになった方が効率は良いだろう。なら武器は二つある方が望ましいが、残念ながら俺の手元には刀が一本しかない。よって即席の武器として、鞘を鈍器として使う。

「あら、一工夫と言ったところかしら」

 右手に刀を持ち、左手に鞘を持つ。正直、刀は片手で持つ武器じゃないから重い。しかし今俺が執れる手段はこれ以外に思いつかない。だからこれで行くしかない。

「勝つのは俺達だ」

「ふふっ、それは楽しみだわ」

 何があっても余裕のある笑みが崩れない。本当に余裕なのか、それとも彼女のただの日常なのか、それともわざとそうしているのか。

 色々考え始めたところで考えるのを止めた。これ以上考えても今は何の意味もない。戦いに集中しなければならない。

 一つ深呼吸を置いて、俺は単身でオルレアの元へと走って行く。距離を詰めたら即座に刀を振るが、そんなに簡単には当たらない。振った刀を途中で止めて突き、左手の鞘を振り回した。そのどれもが空を切る。当たらない攻撃を続けているだけで息が上がってくる。

「くっそ!」

 空振りが何度も続いて息が上がってきた頃、振った鞘に手応えがあった。右手で易々と捕まれていた。鞘は使えなくなったが、そこに相手がいるのなら遠慮は無用。刀を振り折りして一撃を狙うが、それは捕まれた鞘を盾にして防がれる。

 右手しか使わないオルレア。当然手数が足りない。だから戦いの最中で必要に応じてこちらの武器を使い、手数を増やしているのだ。そして今回もまんまと手数を増やされ、刀を受け止められた。

 後はもう考える前に終わった。両手に持った武器の自由を取り戻すと同時に、強力な掌底が俺を吹っ飛ばす。武器から手を放すのとほぼ同時に攻撃が来るのだ。こんなの避けられるわけがない。

「ごほっ、ごほっ……」

 地面に尻餅をついて咳き込む。何発も食らってきた攻撃も、ほとんどワンパターンで掌底ばかり。これも手加減の一つだろう。それなのに俺は何もできない。情けないことこの上ない。

「オルレア様、そろそろ出立が……」

 ジェマと呼ばれたメイドがやってくる。もう時間切れ。そう思った時、日が暮れて暗くなっていた辺りが一瞬だけまばゆい光に包まれる。

「なん……だ?」

 雷の閃光が走ったかのような強烈な光で一瞬目がくらむ。しかしそれは一瞬。即座にその光の主が誰なのかと探すと、銃を構えたカノン……の頭上を飛ぶ鳥だった。

「またモンスターか?」

 そう思ったが様子が少しおかしい。モンスターにしては襲撃してこないし、何よりカノンが銃を構えたまま動かない。まるでカノンと意思疎通ができているかのよう。

「あれは……雷鳥!」

 メイドが驚いて数歩後退する。俺も下がりたかったが、吹っ飛ばされて尻餅をついた状態のままでは身動きができない。目の前で怒る全てをタダ見守ることしかできなかった。

「あらあら……」

 しかしオルレアは雷鳥と呼ばれる鳥にも、銃を構えるカノンにも、一切動じていない。むしろそれがどうした、と言わんばかりだ。

「くっらえーっ! レールガンだーっ!」

 カノンのそのかけ声と同時に、俺の視界は閃光で完全にくらんでしまう。何も見えない一瞬の空白の世界。大きな音が鳴って、五感が全て奪われたのではないか。そう思うほど強烈な光と音だった。

「目が……」

 強烈な閃光に目がくらみ、視界が確保できるようになるまで時間がかかる。それでも徐々に視界が確保できるようになると、目の前の光景が見えてくる。

 雷撃の弾丸を撃ったカノン。その銃口の直線上に立つオルレア。構図は全く変わっていない。攻撃力などはわからないが、なんとなくすごい攻撃だったことは想像できる。その攻撃でも全く動じていない。あの女は本当に、いったい何者なのだろうか。

「あ、あれぇ?」

 予想と結果が違う。これで勝ったはずなのに、そう言いたそうなカノンは苦笑いを浮かべていた。

「あ、あなたっ! 自分が何をしているのかわかっているのですか?」

 メイドのジェマが一瞬でカノンの傍らにまで迫る。

「え? な、何って?」

「今回の作戦の最重要事項は盗賊の討伐でもなければ盗まれた宝物の奪還でもありません! 聖獣である雷鳥の卵を無事取り返すことです!」

「え? そ、そーなの?」

「そうです! それが孵化させてしまうなど……」

 カノンを説教するジェマを狙って閃光が走る。しかしそこはジェマも凄腕の戦闘力を持った者。瞬時に危機を察して後ろに飛ぶ。軽々と五メートルくらい跳ぶ人間を見るのにも慣れてきた。

「まさか……使役しているのですか?」

 雷鳥はカノンの肩に留まる。長年飼っていたペットのように懐いている。

「いや、ほら、鳥って生まれて始めてみた相手を親だと思うって言うでしょ?」

「孵化させただけでなくそこまで……」

「いや、ちょっと待ってよ! 私が初めて見たときにはもう卵にひびが入っていて、孵っちゃいそうだったんだからね!」

 非難されるいわれはない。そう反論するように説明する。

「リザ、そうなのか?」

「さぁ、私は宝のある部屋には入っていませんので」

 少し離れた場所にいたリザがつらそうな顔をしながら歩み寄ってきた。そして俺の傍らに膝をつき、治療を初めてくれる。

「ゆっくり治療なんかしていて良いのか?」

「もう終わりです。時間も、雰囲気的にも」

「あー、確かにそうっぽいな」

 日は暮れて、兵士達はもう出立の準備ができている。雷鳥はカノンの肩に留まったまま飛び立ちそうな気配はなく、ジェマはそれが気に入らないのか不満げな表情を見せている。

「まぁ、いいわ。こうなってしまったのならしかたないわ」

 現状を受け入れ、とやかく言う気のないオルレア。上司がそういうスタンスを取るならば、部下はこれ以上何も言えない。ジェマが少し悔しそうにしながら黙る。

「雷鳥がこうなってしまったわけだし、時間的にも試験はギリギリ突破ってところかしらね」

 そういうオルレアは至って元気。身体に外傷らしいものは特にない。雷撃の弾丸を受け止めたのも右手だ。もはや何でもありの彼女だが、少しだけ違っている点があった。それは深紅のドレス。スカートの裾や袖部分など、所々が黒く焦げている。

「えっ! 合格でいいの?」

「ええ、雷鳥の雛があなたに懐いてしまった以上、それを監視するという意味でも手元に置いておきたいのよ」

「やっほーい! 合格だー!」

 合格と言われて飛び上がって喜ぶカノン。あいつがこの戦いで折ったのは手加減している掌底を二発、のみ。特に走り回ってもいない。おそらく最も体力消費が少なく、負ったダメージも軽い。

「雷鳥が人に懐くなんて聞いたことありません」

 戦いが終わったことよりも、合格が出たことよりも、雷鳥がカノンに懐いていることに驚くリリアル。状況がまだ飲み込めないのか、ルワーリオも立ち上がったまま立ち尽くしている。

「何がどうなっているのかよくわからないけど、ひとまず一段落ってことで良いのか?」

「そのようですね」

 俺の治療を終えたリザは次に自分の治療を始める。俺の特殊性を鑑みて優先して治療を行ってくれたのだろう。礼はしっかり言っておかなければならない。

 事態がまだ上手く飲み込めてはいない。しかし一段落ということで安堵のため息が自然と漏れた。

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