第23話

★コウ


 階段を上りきって到達した最上階。おそらくボスはその先にいるはずだ。その扉を開けようとドアノブに手をかけたとき、扉の外から音が聞こえた。先ほどの武器を使う音。一回目を皮切りに二回三回と音が鳴り、十回ほどで音がやんだ。

「くそっ! お前も……お前も悪魔か!」

 その声が聞こえたところで、轟音が一発。それきり、扉の外からは音が聞こえない。

「仲間割れ?」

「さぁな。わからないが、行ってみればわかるだろ」

 どういう構造かわからないが、大きな音とともに何かがとんでくる武器。それを使うと言うことは何かしらの争いが起こったと考えるのが妥当。しかし詳細まではわからない。それを知りたいと思うのなら先に進むしかない。本来ならあの武器を恐れるところだが、俺もカノンもあの武器で傷つくことはない。先に進むことに一切恐怖はなかった。

 金属製の扉のドアノブを握り、開く。屋上の床と、夜の星空と変わった空が見える。

「ねぇ、あれ……」

 屋上に人影は二つ。一人は先ほど建物の中で交戦したのと同じような風体の男。その男は屋上の地面に倒れ、血だまりを作っている。日が暮れていることもあってか、広がっている血だまりは真っ黒に見えた。

 そしてもう一人。こちらに背を向けて立つ人影。長いウェーブのかかった金髪が夜風になびく。上下の服は黒く、髪と一緒に風になびいている。

「予想外ね。この国でまさか映画みたいな展開になるとは、本当に予想外だったわ」

 夜風に髪をなびかせながら、立つ人物が翻った。夜だというのにサングラスをつけているが、その素顔が整っていて美しいのがわかる。そしてその容姿と雰囲気に、俺とカノンは何故か見覚えがある。

「けど、計画に変更はないわ。あるとすれば……イレギュラー対応くらいかしら」

 サングラスが取り外される。長いウェーブのかかった金髪だけで、有名なあの人物を思い浮かべていた俺達。その予想が的中した。

 英雄と呼ばれる、傭兵出身の彼女。俺達が元々いた世界で、俺達が住んでいた国で、絶対とも言える力を持つ女。そんな女がどうしてここにいるのか。

「……オルレア・ローシュバイン?」

 思い至った人物の名をつい言葉で漏らしてしまう。しかしその名前に心当たりがないようで、彼女は眉を少しひそめた。

「あら? その偽名は名乗ったことないわね。誰かと勘違いしているのかしら?」

 そう言われて気付く。ここはそもそも俺達がいた世界ではない。そしてこの世界ではどうやら元々俺達がいた、そういう痕跡があった。なら、目の前にいるのはこの世界に生きているオルレア・ローシュバインなのだろう。

 それを確認するために俺は即座に魔法を使用する。魔力を探知できるかどうかの確認を即座に行い、安心した。オルレア・ローシュバインから、魔力の反応はない。

「あんた……何者だ?」

「人に名前を尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀だと教わらなかったのかしらね?」

 余裕の表情と雰囲気は相変わらず。遠目からしか見たことのない、俺達の世界に生きていたのと何ら変わりが無い。

「ね、ねぇ、コウ? まずくない?」

「大丈夫だ。魔力は感じない」

「え? そうなの?」

「ああ、こっちの世界の人間だよ」

 小声で話しかけてくるカノンを安心させてやる。魔法戦となれば勝ち目はないだろう。しかしこの世界には魔力自体が存在しない。そして武器も俺達には通用しない。戦うならば十分勝ち目はある。いや、むしろ有利なはずだ。

「……コウ。こっちはカノン」

「そう。私のことはアルファと呼んでいいわよ」

「あ、アルファ?」

「作戦遂行中はコードネームしか使わないの」

 そう言ってニコッと笑った。本名を語る気は一切無いらしい。もっとも、俺達からしてみればオルレア・ローシュバインでないという事実があれば他は正直どうでも良い。

「コードネームだって?」

「あら、非難されるいわれはないわよ。あなた達だってニックネームでしょ?」

 ニックネームと言われて、どうやらこの世界過去の国には本名としては当てはまらない名前だったようだ。しかし目覚めたとき、この世界にいた俺の母親は俺のことやカノンのことをそのまま呼んでいた。本名なのかニックネームなのか、この世界で自分はなんと名乗るのが正しいのだろう。そんな疑問が湧いてきた。

「まぁ、自己紹介はどうでも良いわ。重要なのはそこではないわけだし」

 アルファというコードネームを名乗った奴が、ゆっくりとこちらに数歩歩み寄る。足元に転がっている、屋上へと逃げてきた階下にいた奴らのボスにはもう緯線すら向けない。

「あなた達の目的は何かしら?」

 ここへやってきた俺達の目的を問われる。しかし、それを聞きたいのはこっちの方だ。

「お前の目的こそ何だよ!」

 魔法のない世界で扱われている銃という武器。その殺傷力の高い武器をこれほどたくさん持っている。そして大勢の人が住む街の中心部に、それを大量に持ち込んでいる。その目的は、どう考えても平穏とは思えない。

「まぁ、あなた達はおそらくどこかで会話を聞きつけて、正義漢を出してやってきたってところかしらね。危ないからそういうことはもう止めた方が良いわよ」

 大人が子供に言い聞かせるように、アルファは笑った。

「私の目的、ね。まぁ、一言で言えば……ビジネスかしら」

「ビジネス?」

「そう、商売よ。大勢の人が望むものを提供し、その対価を貰っているの。需要と供給に合わせて仕事をしているに過ぎないわ」

 商売だと平然と言われ、そうなのかと思ってしまう。この世界の常識は俺達にとって未知のもの。当たり前のように自信満々に言われれば、それがこの世界の常識なのではないかと納得してしまいそうになる。

「そんなはずはない。下にいた奴らは襲撃だとか暗殺だとか、そんなことを言っていたのを聞いたんだ」

「あらあら……言語が違うからっておしゃべりな人もいたのね。些末なことだけれど、報酬は変わらないから仕事は少ない方が良いのに」

 アルファは手に持ったサングラスを胸のポケットに差し込む。

「でも、あなた達が来てしまったおかげで彼らをこのビルにとどめておく手間は省けたのよね。そうなると後は迎えが来るのを待つだけなのだけれど……」

 左手を伸ばして曲げたアルファ。左手首を見て、一度頷く。

「迎えが来るまで暇になってしまったわ」

 左手を下げたアルファ。また数歩、こちらに歩み寄ってくる。

「あなた達は私を悪と見ているようだし……」

 まさにその通りだ。殺傷能力の高い武器を取り扱っていて、暗殺や襲撃に関与している。その情報だけで悪と認定するのに十分だろう。

「迎えが来るまで少し遊んであげるわ」

 余裕の、好戦的な笑み。おそらく「少し遊んであげる」という言葉の意味は「軽くあしらってやるからかかってこい」という挑発めいたものだろう。

「ちょっと! 馬鹿にするのもいい加減にしなよ!」

 カノンが銃を構える。今日初めて手にした武器だが、さっき試しで使ってみただけでもう我が物にした気分でいるようだ。

「私にはこれがあるんだからね」

「ええ、知っているわよ。でも、そんなものは何の役にも立たないんじゃないかしら?」

 銃を向けられているのに余裕の笑みは変わらない。恐れが一切ない。音が鳴った瞬間には猛攻撃が当たっている武器を前に、余裕の笑みと立ったままの体勢が変わらないのだ。

「もうっ! バカにするなーっ!」

 カノンの銃が大きな音を立てる。これで終わり。普通はそうだ。おそらくこの世界の住人もそう思うだろう。下の階層であった奴らがそうだったのだから、きっとそうだ。

 しかし、そうはならなかった。俺達の世界で異常な強さを持つオルレア・ローシュバインという女。その女はもしかすると、世界が変わっても異常なのかもしれない。

「え?」

 アルファは上体だけを反らして捻っていた。攻撃が当たった気配がない。

「こ、この!」

 カノンは矢継ぎ早に銃で攻撃する。嫌な予感がする俺も銃を構えて、カノンと同様にアルファを狙い撃つ。

 しかし、目の前で怒っている現実は予想外のものだった。鮮血を流して倒れる姿を想像していたが、その予想した姿は存在しない。まるでダンスを軽く踊るように、体勢や立ち位置を変えるだけ。それだけだった。

 そして俺とカノン以外の銃が音を鳴らす。アルファが服の懐部分から取り出した黒い銃が音の出所。その音は二回。その二回の音が鳴ったと理解した頃には、俺とカノンの手の中に銃はなかった。

「痛いっ!」

「痛ぇっ!」

 強烈な衝撃が手の中にあった銃を吹っ飛ばした。俺達二人に狙われ攻撃を受けながらも、その攻撃を全て避けつつ、俺達が持つ銃を狙って攻撃してきたようだ。

「ほぉら、役に立たなかったでしょう。銃なんて、当たらなければ意味がないのよ」

 はじめから避けられることがわかっていたかのような口ぶりだ。

「こんなものじゃないでしょう? この程度じゃ、まだまだ時間が余ってしまうわ」

 俺達に銃を向けるアルファ。攻撃を受けても怪我をしないのがわかっているから、俺もカノンも恐怖はない。今度はこっちにも銃が通用しないことを利用して反撃に出る。そんな作戦を立てていると、アルファは銃を懐に戻した。

「簡単に終わらせたりしないわ。遊んであげるって言ったでしょ?」

 アルファが拳を握る。つまり武器は使わずにかかってこい、ということだ。

「もーっ! カノンちゃん怒ったんだからね!」

 魔法で皮膚の表面は強化されている。殴られても蹴られても痛くない。怪我もしない。それがわかっているからだろう。普段後方から魔法を撃つ役目のカノンが、意気揚々と飛び出していった。

 アルファに突っ込んでいくが、カノンは普段前衛で戦い慣れていない。振り上げた拳は空を切り、そのカウンターとして胸部に掌底をたたき込まれる。

 しかしその一撃はカノンの状態を後方に反らしただけでダメージはない。それを確認したからか、カノンは立て続けに拳を振り上げては振り下ろしていく。拳が空を切る回数は増える。一発も当たらない。カノンが戦い慣れていない以上に、アルファが戦い慣れすぎているのだ。

「このっ! この、このっ! このーっ!」

 殴りかかっても全てを避けられる。また次も避けられると思った時、空を切ったカノンの手首が捕まれる。そしてまるで風邪の魔法で吹っ飛ばされるように、カノンの身体は宙を舞って屋上の地面に叩きつけられる。

「え、あれ?」

 カノンは投げられたということに気が付いていない。皮膚の表面を強化させる魔法がなければ、おそらくダメージでのたうち回っていたことだろう。

 カノンを軽々投げたアルファが次は俺に狙いを定める。子供のケンカと大人の戦い。それくらいさがあったカノンとは違い、俺は常日頃から前に出て戦っている。カノン以上に戦えることは間違いないし、身体も硬化している。自信満々に、俺もアルファに向かっていった。

 大振りしないように、コンパクトに拳を振るう。もちろん避けられるがそれは想定内。避けたところに蹴りをお見舞いしてやる。しかしこれも避けられる。そしてその蹴りの際に生まれたわずかな隙を突いて、アルファの掌底が俺の腹部に撃ち込まれた。

「そんな攻撃効かねぇよ!」

 衝撃はあったが、ダメージはない。苦痛もなく、何事もなかったかのように、俺はぶん殴ってやろうと拳を振り上げた。その攻撃範囲から離れるように、アルファは後ろに跳ぶように後退した。

「へぇ……まるで服の下に鉄板を仕込んでいるみたいね」

 掌底を繰り出した自分の手を一瞥し、アルファは一呼吸置いた。

 わずかな間を置いた後、今度はアルファが俺に方へと向かってきた。飛び込んでくる突進に拳を合わせようと振り抜いたが、あっけなく空を切る。その隙に掌底が腹部へとたたき込まれるが、ダメージはない。攻撃された衝撃はあるが、それ以上のダメージはない。だから俺はアルファを狙って拳を振るう。避けられても、掌底を撃ち込まれても、こちらは痛みがないので攻撃一辺倒だ。

「……くっ!」

 しかし、何度目かの掌底を受けたとき、俺の腹部に突如違和感が現れた。そして徐々にその違和感は気分を悪くしていき、猛烈な嘔吐感が襲ってくる。

「なん……だ?」

 ダメージはなかったはずだ。しかし掌底を幾度となく受けた腹部の奥深く、身体の中腹部の方が重くて気持ち悪い。

 その後にもう一発、掌底を受けた。それで俺はついに地に膝をつける。

「あら、どうしたの? まさかもう終わり?」

 余裕の笑みを見せるアルファ。大してこちらは何が起こったのかわからない。

「ふふっ、鉄板を仕込んだかのように硬いけど、内臓は鉄じゃなかったようね」

 俺の腹部に掌底を亜たたき込んだ手が彼女の目の前で握って開いてを数回繰り返す。

「優れた武術は身体の表面だけでなく、中にまで影響を与えるの。あとはガンマナイフの要領ね」

「がん……ま?」

「勉強不足ねぇ。簡単に言うと、複数の場所から内部の一点に衝撃が蓄積されるようにしたってことよ」

 身体の表面は魔法で硬化させてある。だから銃も通用しないし、殴られた程度では痛みもない。しかしその衝撃が内臓にたまって異常を来した、ということのようだ。

「そんなこと……」

 できるわけがない。こんなことが起こりうるなど予想していなかった。重い腹部が身体の動きを止めてしまっている。今すぐ内臓を全て取り出してしまいたい。それほどの気分の悪さが身体の奥底に、袋に入れられた水のようにたまっている。

「もう少し楽しめるかと思ったのだけれど、この程度なのね。期待はずれだわ」

 アルファは一つ、ため息を漏らす。明らかに落胆している。俺達にはもう興味が無いと態度で表すように、こちらに背を向けてしまう。右手を耳に当て、誰かと会話を始めた。

「こちらアルファ。各員、現状報告を」

 見た目ではよくわからない。何かを使って仲間達と会話をしているように聞こえるが、仲間はこの建物内にいた奴らだったはずだ。そいつらは話せる状況にはないはずだが、ならばいったい誰と話しているのか。

「……了解。間もなく作戦決行時刻。総員、最終準備に入れ」

 会話を終えるとポケットから何かを取り出す。日が暮れた屋上、取り出した板のようなものの一面が光っている。その板に指先で素早く触れる。何をしているのかはわからないが、もう俺達にかまう気はないようだ。

 俺は腹部に手を当てる。ダメージを負ったのなら治療すればいい。負ったダメージが原因で動けないのであれば、そのダメージ自体を取り除く。そうすれば元通りだ。

 俺は自分の治療を済ませるとカノンの元へと駆け寄る。外傷は特にない。

「大丈夫か?」

「頭がふらふらするよぉ……」

「慣れないことをするからだ」

「うぅ、でも……」

 傷つかない状態にある。その優位点にあることで的を甘く見た結果だ。

「いいか、あいつはオルレア・ローシュバインだ。魔法を使わないだけ。それ以外はもう本人だと思え」

「う、うん」

 カノンの治療を終えて二人して立ち上がる。

「カノン、お前魔力は?」

「さっき乱発しちゃったからあんまり残ってない」

「そっか。そっちはもしもの時の切り札に取っておこう」

 ひとまず有利だということを忘れる。相手は魔法が使えない人間じゃなく、歴戦の強者であり英雄であるあの女。そう言い聞かせて挑まなければならない。

「ねぇ、もう箒に乗って逃げない?」

「は?」

「ほら、あそこ」

 この屋上に上がってきた扉の横。そこに風雨にさらされて色あせた、掃除用の箒が置いてあった。毛先に埃などがついており、かなり長い間使っていたように感じる。

「勝てないと思ったら最悪はそうしよう」

「えー、まだやるの?」

「このまま終われないんだよ」

 建物内に板奴らとアルファ。双方の関係もわからず、ただ大量に人を殺傷できる武器を大量に取り扱えている。納得のいく説明を聞くまでは終われない。

「おしゃべり、まだする気?」

 アルファはいつでもさっきの続きができる。そう言いたげにこちらを見ている。

「それとも、もう終わりにして逃げる?」

「ふざけんな! こっちが聞きたいことを言わせてやる! 覚悟しろよ!」

 こちらは再び戦闘態勢。しかしカノンは少し乗り気ではないようだ。

「ねぇ、コウ」

「なんだ?」

「硬化だけじゃなくて身体能力向上もお願い」

 楽して勝とう。それがカノンの基本的な考え方だ。難しい局面を打開するのはこいつの性に合っていない。より勝率の高い状況にできるなら、より楽に結果を得ることができるなら、こいつは即断即決でそちらを選択する。

「わかったよ。普通にやっても勝てそうにないからな」

 カノンだけじゃなくて俺自身にも、身体能力を向上させる魔法をかける。これで先ほどよりも早く動けて、攻撃も強くなる。攻撃が当たっていないのも、速度が上がれば状況は変わるはずだ。

「いくぞ」

「おー!」

 戦闘態勢に入った俺達二人を見て、アルファはまた余裕のある笑みを見せる。

「そうこなくっちゃね。もう少し、楽しませて貰うわよ」

 先ほどは一人ずつ向かっていった。その結果は散々だ。だから今度は二人がかりで向かっていった。


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