第21話
☆リザ
彼が兵士の元に知らせに走ってすぐのことでした。突然カノンさんが動き出したのです。
「あ、あの、どちらへ?」
今日始めてあった人ですが、ここまでよくわからない人は初めてで、正直あまり動いて欲しくはありませんでした。ですが、やはりこの方はじっとしているのが苦手なようです。
「決まってるでしょ。あいつらは盗賊の一団だよね。そしてもう盗賊の方は勝敗が決まりかけている。つまり、このドタバタしている隙にちょっと財宝なんかをもらえたらなぁ、ってこと」
「ダメです! 討伐の方の勝敗は動かないとは思いますが、それでも危険です!」
「えー、でもさぁ。ここでお金を手に入れておかないと、カノンちゃんホームレスになっちゃうんだよ」
「多少は教会で宿泊できるように口添えします。ですからここにいてください!」
カノンさんの体を無理矢理この場に押しとどめる。このまま行かしてしまうとコウさんに申し訳が立ちません。
「じゃあさ、リザも一緒に来てよ」
「はい?」
「私が一人で行くと危ないじゃん。でもリザ強いから、一緒に来てくれると安全だよね」
「一番安全なのはここにいることですよ」
なんとしてもこの場にとどまっていて貰わなければならない。しかしそうするには実力行使しかない。
「うーっ! お宝がカノンちゃん早く来て、って呼んでいるの!」
「呼んでいません! もし本当に聞こえるならそれはただの幻聴です!」
「声じゃなくて感覚で伝わってくるの!」
「本当にそう感じているのならそれはただの気のせいです!」
じたばた暴れるカノンさん。日々鍛練を積んでいなければこの人を抑えることはできなかったでしょう。
「えーい! 最終奥義! おっぱいクラッシャー!」
するといきなり、カノンさんが私の両胸を両手で鷲掴みにしてきました。
「ひゃっ!」
「ふはははははっ! 私を放さないとこのままおっぱいだけで昇天させてくれるわ!」
「ちょ、やめてください!」
この非常時にこの人は一体何を考えているのでしょう。危険な場所に行きたいと言って、止めたら人の胸を両手で鷲掴みにして揉みしだくのです。
「や、やめてください!」
慣れない感覚にとうとうアタシはカノンさんを抑えている手を放して、私の胸にあるカノンさんの手を払いのけました。もう完全にカノンさんのペースに乗せられています。
「カノンちゃん脱出成功! いざ、お宝探しだ!」
カノンさんはそう言うと廃城の方へ走り出します。モンスターも通過した後なので廃城の外は比較的まだ安全ですが、彼女は中に入ろうとしています。それだけは阻止しなければいけません。
「もうっ! 言うことを聞いてください!」
私はカノンさんを一人で行かせるわけにいかず、走って行く彼女の後を追いかけました。幸い鍛え方が違うおかげで廃城に到着する前に追いつけました。しかし廃城までもうそれほど距離がありません。ここまで来てしまうとカノンさんを諦めさせるのはもう至難の業です。コウさんが普段どうやって止めているのか、機会があれば聞きたいとさえ思いました。
「行くぞー!」
先ほどよりもやる気に満ち溢れているカノンさん。彼女は止めても聞かないのです。しかたなく私は彼女が襲われないように、護衛としてついていくしかありませんでした。
「失礼しま……」
「何も言わないでください!」
賊達は兵士との戦いでかなりの数を失っています。人の気配がない裏側から入ったとは言え、大きな声を出すと見つかってしまうかもしれません。静かに行動して、見つからないまま出て行く。それが最善かもしれません。
「それで、お宝ってどこにあるの?」
「わ、私が知るわけ無いじゃないですか」
「うーん、じゃあ探さないとダメだよね」
早くこの場を出る作戦はどうやら叶いそうにありません。
「あっ! この部屋怪しいと思わない?」
「ですから、声は小さくしてください」
そう注意しつつも、私も怪しい部屋には気付いていました。廃城で色々傷んでいるのですが、その部屋の扉だけは綺麗で鍵がかかっていたのです。
「うん、開かない」
「そうでしょう」
鍵がかかっているのです。そう簡単に開くはずがありません。
「ねぇ、リザ」
「はい、なんでしょう?」
「この扉、破れる?」
聞かれると思いました。カノンさんには戦闘に役立つ技能は一切ありません。扉を打ち破る力も持ち合わせていません。ならば私に頼ってくるのは当然でしょう。
「そうですね。不可能ではありません」
「おぉ、じゃあお願い」
カノンさんに頼まれてしかたなく、私は扉の前に立ちました。そして扉に触れて強度を確認。魔法で罠の有無を調べ、安全を確認。これなら行けると、私は判断しました。
「はぁっ!」
身体能力を強化する魔法を使い、向上した身体能力をフルに使っての後ろ回し蹴り。扉の鍵は無残にも壊れ、扉は蝶番ごと吹っ飛びました。
「うおーっ! すごい!」
「カノンさん! 静かに!」
「いや、今の破壊音の方がうるさかったよ」
破壊音の方がうるさい。そう言われてしまい返答に困りました。
「それでも、静かにしましょう」
「はーい。じゃあお宝捜索隊、出撃!」
カノンさんは扉が破られた部屋に入って行きました。私は部屋の前で一つため息をついてから入ろうとしたとき、一人の男が部屋の前にやってきました。
「あ……」
「え?」
その男は盗賊。手には鍵の束を持っています。どうやらこの部屋の鍵のようです。戦いの敗北を察して、宝だけでも持って逃げようとしていたようです。
「こ、この泥棒が!」
「あ、あなたたちにだけは言われたくありません!」
現れた盗賊と不毛な言い合いが始まりそうになりました。しかし盗賊の男が剣を抜いてこちらに向かってきたので、私も短剣を抜いて応戦します。
大ぶりの一撃必殺、というより計画性のないただの攻撃。私にはそんなものは何の脅威にもなりません。後ろに下がって剣を避け、空を切った剣を持つ手を短剣で一閃。これで盗賊は剣を持てなくなります。
「く、くそっ!」
盗賊の男は鍵を捨てて逃げ出しました。戦っても勝てないと判断したのでしょう。盗賊のみではありますが、賢明な判断だと思います。
「リザ? 何かあった?」
部屋の中からカノンさんがのんきに声をかけてきます。彼女には緊迫感とか危機感とかいうものがないのでしょうか。
「盗賊が一人、こちらに来ましたが撃退しました」
「おー、すごい! じゃあもう少しお願い。もうちょっと見たいのがあるから」
「……はい、わかりました。ですができるだけ早くしてくださいね」
「はーい」
盗賊のアジトにやってきて、少し向こうでは戦争のような状況になっていて、反対側にはモンスターの群れまでやってきているのに、もう少し見たいから待っていてと言われました。
「まったく、あなたの頭の中をのぞいてみたいです」
高位の魔法使いになると人の考えや感情を読み取る魔法も使えると聞きます。その魔法を習得して彼女の頭の中をのぞいてみたいです。ですが残念ながら彼女は魔力を持たない人。この手の魔法のほぼ全てが通用しないのでしょう。
「はぁ、一生解けない謎を抱えてしまった気分です」
扉の前でカノンさんを守る役割がいつまで続くかわかりませんが、盗賊が来ないのであれば、この場所はそれほど危険ではありません。鍵を持った盗賊が来たということはまだ他にも来る可能性はあります。ですが今のところ足音も何も聞こえません。
周囲の警戒は怠らないようにしながら、解けない謎に少しだけ向き合ってみましょうか。
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