第20話

☆三南航星


 廃城周りを歩くモンスター。奴らよりも先になんとか兵士達の背後に到達することができた。

「な、なんだお前は!」

 数人の兵士が剣を抜いて俺に向けてくる。

「待ってくれ、さっき貴族様とケンカした奴だよ」

 両手を挙げて無抵抗の意思を示す。すると俺のことを覚えていた兵士の一人が、他の兵士達の戦闘態勢を解いてくれた。

「何の用だ?」

「すぐそこまでモンスターが来ている。このままじゃ背後から襲われるかもしれない」

「なに? どんなやつだ?」

「えっと……これくらいの大きさで黒い体毛で、牙と爪が鋭い獣で……」

 聞かれて名前がわからなかった。リザに聞いておけば良かったと思いながらも、今更聞きに行っている余裕はない。なんとか身振り手振りで伝える。

「それが十数頭いる」

「ちっ! 面倒なことになったな」

 兵士の一人が少し考え込む。そしてものの数秒で決断した。

「ここに残っているものはそのモンスターに対応する。俺は戦闘中の前衛に情報を伝え、指示を仰いでくる。抜かるなよ」

 兵士達が敬礼をして、背後からやってくるであろうモンスターに対応できる体制を整える。命令を下した兵士は俺の方を向き「情報感謝する」と一言だけを言って走って行った。

「じゃあ、俺は戻らないと……」

 伝えることはできた。後はこの場を去って、カノンとリザの元へ帰るだけ。そう思っていたのだ。しかし帰り道を見たとき、すでにモンスターの一頭が姿を見せている。ここから帰るとなると、あのモンスター全部の標的になりかねない。しかし他の道は兵士と賊の戦いが行われており、俺は二人の元に帰ることが出来なくなってしまった。

「くそっ! 来たぞ!」

 一頭しか見えなかったモンスターは二頭三頭と増えていく。大型のライオンほどもある獣。それが十数頭、行く手を阻んでいる。対してこちらは腕利きの兵士とはいえ、大部分は現在交戦中。数は十人程度と多くない。

「やるしかねぇのかよ」

 逃げ道などない。俺は兵士に加勢し、モンスターと戦うことになった。

「来るぞ!」

 モンスターの一頭がまず向かってきた。それを兵士一人が真正面から盾で受け止め、もう一人が横から首元を剣で突く。これでまずは一頭仕留められた。これで二頭目は、そう思ったときにはすでに三頭ほどが一気に襲いかかってきていた。

「うおぉぉっっ!」

 兵士達が全力で対応する。基本戦術は二人一組。一人がモンスターを引きつけ、もう一人が的確に一撃で仕留めていく。一頭目と同じ戦術だ。これで十名ほどいる兵士は同時に五体まで相手にできる計算となる。そして第二波の三頭もなんとか仕留めた。

 しかし、その次はその戦術がもう通用しなかった。第三波はなんと六体。計算上の対応できる数を超えてしまっている。五頭はなんとかなったが、六頭目を防ぎきれずに二名が突撃を受けて吹っ飛ばされる。

「大丈夫か!」

 隊列を崩した一頭が、隊列を組む兵士に横から襲いかかる。そして間髪入れずに第四波がやってくる。次はもう残り全て。十には満たないが、上限の五は超えている。これでは対応できるはずがない。飛び込んできたモンスターにより隊列はあっけなく崩された。

「クソ! 各員遊撃体勢!」

 隊列を崩されたらもう後はここの力量で戦っていくしかない。モンスターを相手に一対一になったり、二対一になったり、一対二になったり、その場その場で戦況がそれぞれ違う。

「この野郎!」

 俺も当然加勢する。劣勢に立たされていた兵士を襲うモンスターを横から錆びた剣で突き刺した。なんとか一撃で仕留めることはできたが、剣を突き刺す手応えが思ったよりなかった。

 モンスターとはいえ、生きている生物を突き刺すのだ。もっと抵抗があったり力が必要だったりすると思っていた。しかし突き刺してみて驚いたのは、力が必要だったのは最初の外皮を破るときだけ。一度刃が中に入ってしまえば、骨に当たるまで恐ろしいほどすんなりと剣が突き刺さったのだ。錆びた剣でこれなら、研ぎ澄まされた剣であれば切ったり着いたりする感覚がほとんどないのではないだろうか。

「おいっ! 後ろ!」

 剣を突き刺した感覚に意識が向いてしまった一瞬。その隙をモンスターに突かれた。鋭い爪が生えた前足が俺の背中に強烈な一撃。俺はそれにより吹っ飛ばされる。

「痛っ……」

 吹っ飛ばされて荒れた地面の上を転がる。腕や膝を打った。痛いが動けないわけじゃないので、おそらく軽度の打撲だろう。そう思って立ち上がったとき、背中のあたりが気持ち悪い。じめっとしていて、少しべた付く。

「前線から治癒術士を呼べ!」

「呼びに行ける人員がいません!」

 兵士達のやりとりを聞いてようやくわかった。俺は背中を鋭利な爪でやられたようだ。背中がべた付くのはおそらく出血のせい。傷口は見えないが兵士のやりとりから考えて、軽傷という部類ではないだろう。

 だが不思議と俺は背中が痛いとは思わなかった。突然の負傷の場合、負傷した本人が重傷であっても負傷した自覚がないなんていう話を聞いたことがある。俺はもしかしたら今、そういう状況になっているのかもしれない。

 重傷を負っているはずだが、痛みをなぜか感じない。でも背中を怪我した気はする。感覚的にその程度だったこともあってか、俺は立ち上がって剣を握ることができた。いや、教会で一度出血を経験したからかもしれない。これが初めての出血ならおそらく恐怖で動くことができなかっただろう。しかし今は二度目。頭は思いの外冷静で、今戦わなければ殺されると警鐘を鳴らしてくれる。

「俺に出来ることって、大したことないんだよな」

 俺は殺し合いの経験もなければ、真剣勝負というものの経験もない。こんな戦場で役に立てるような人間ではない。でも、できることはある。真っ向からモンスターに立ち向かえはしないが、横からモンスターの急所を突いて的確に一撃で仕留めることは出来る。剣道の突きをモンスターの首筋に狙いを定めて突き出せばいいだけだ。さっきも出来たのだから、このあと何度やってもできるはずだ。

 襲われて厳しい体勢になっている兵士。そこに駆けつけるとすかさず突きを繰り出す。一撃必殺。急所を一撃で貫き、一頭仕留めた。一頭が終わったらすぐに次だ。襲われている兵士を助け、兵士を襲うことに集中しているモンスターを仕留めていく。ステップを踏むように軽やかに足を運び、狙いが定まった瞬間躊躇なく突く。それを繰り返した。

「おぉ、モンスターが逃げていく」

 数字の上で優勢だったモンスター。しかし徐々に優劣が逆転していき、勝ち目がないと判断したのだろう。モンスターは身を翻して逃げていった。その数は残り三頭。合計十五頭近くをみんなで仕留めたことになる。

「お前やるな。助かったぜ!」

 血が滴り落ちる錆びた剣を持って剣道の構えをしている俺の肩を兵士が叩く。その時、ようやく背中に痛みが走った。

「痛っ!」

「おお、悪いな。背中をやられていたのか」

 一度痛みを感じるともうどうしようもない。膝を突き、背中の痛みに耐える。錆びた剣を鞘に収める余裕はなく、ひとまず足元に置いておいた。

「俺の背中、傷は深いですか?」

「まぁ、浅くはないな。血もたくさん出ている。だが命に関わるほどじゃない。治癒術士が来てくれればすぐ治るレベルだ」

 兵士はそう楽観視していた。兵士の常識から見ればこれくらいの傷はたいしたことがないらしい。安心しかけたが、俺は大事なことを思い出した。そう、それは魔力を持たない人間案のだ。普通に治療できないのだ。

「くっ……立てない……」

 一日で二度目の出血だ。少々血を流しすぎたかもしれない。立とうと思ってもふらついて立つことができなかった。貧血だ。このまま行くと意識を失うかもしれない。つゆ術士の人が来てくれても、俺が魔力のない人間だと言うことを伝えられなければ治療が遅れる可能性がある。そうなると、最悪失血死となる可能性がある。

「まずい……意識は失えない……」

 歯を食いしばって耐える。しかし少しずつ身体に力が入らなくなってくる。気を失っても命さえ助かれば回復は見込める。しかし命が助からなければ、その先はない。

 少し視界がかすれてきた。他の負傷した兵士達は楽な姿勢を取っているが、俺はのんきに休んではいられない。なんとかしなければ、そう思って最後の力を振り絞り、なんとか立ち上がることはできた。

「おっと……」

 しかしそれが限界だった。強烈な立ちくらみで膝を突き、ついには地面に手を突いた。そして力が入らないため倒れ込んでしまう。

「大丈夫ですか? すぐに治療します!」

 俺の元にかけてきた人が声をかけてくれた。俺は自分が魔力を持たない人間だと伝えようとした。しかし上手く言葉が出てこない。

「お、おれ、は……」

「大丈夫です。わかっていますから」

 視界がぼやけていて駆けつけてくれたのが誰だかはわからなかった。だが聞き覚えのある声だったことから、俺半身してその声に身を預けることにした。俺を治療できる、俺のことを知っている人物に、全てを任せた。

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