第19話

★コウ


 三十五階。今まで来たことのない高さに到着した。ここが本当に三十五階という高さなのかは変わってく数字だけが頼りなのだが、それでも入る前に建物の高さを見たことから間違いではないだろう。

「ねぇ、コウ。会議室ってどこ?」

「知ってるわけないだろ。これから探すんだよ」

 箱から降りて周囲を見渡す。見た目は箱に乗り込んだ場所と大差ない。しかし物理的に眠らせた男二人もいなければ、床にひびも入っていない。間違いなく違う階層にいることは確かだろう。

 箱から出て少し歩いた。すると廊下を歩くこの建物内に集まったであろう『奴ら』と遭遇した。

「な、なんだお前ら!」

 男達がみんな一斉に銃をこちらに向けてくる。だがそれは怖くない。なぜなら通用しないことがわかっているからだ。

「お前らのボスとコーディネーターって奴らはどこにいるんだ?」

 俺の問いで俺達を敵と判断したのだろう。奴らは銃で攻撃してきた。頭が痛くなるくらい大きな音が響き渡る。

 銃による攻撃を俺達は受けた。しかし俺達に傷はない。当たったところが衝撃で後退するだけだ。バランスを整えればすぐに体勢を立て直せる。

「あー、もうっ! うるさい!」

 カノンが連続で鳴り響く銃の音に怒り、手を思い切り振るう。その手の動きに合わせて風が起こり、男達を吹っ飛ばして壁に叩きつけた。

「もうカノンちゃん怒ったもんね!」

 銃の音を聞いて他の奴らも駆けつける。そしてまた銃で攻撃してくる。傷は負わないが4衝撃はなかなかすごい。正直身体で受け続けるのは疲れる。

「カノン、頼む!」

「はーい!」

 またしてもカノンが手を振るう。今度は手の動きに合わせて赤々と燃えさかる炎が現れ、攻撃してくる奴らを紅蓮の炎が包み込む。

「ざまーみろー!」

 カノンが得意げに言ったときだった。けたたましく連続した金属音が鳴ったかと思うと、突如天井から雨が降ってきた。

「うおっ! なに? 魔法? 敵には魔法使いがいるの?」

「いや、魔力の気配はない。これもこの世界の技術だろ」

 なぜ雨が降ったのかわからなかった。しかし目の前で燃えていた炎が徐々に弱くなっていき、ほとんど時間をかけずに消えてしまった。それを見て火事対策用の技術なのだというのがわかった。

「おいっ! アサルトライフルと手榴弾を持ってこい!」

「わかった!」

 まだ残っている奴らが新たな武器を持ってこようとしている。何人かがこちらに向かって銃で攻撃を続け、何人かが新たな武器を取りに行ったようだ。

「俺が突っ込むから援護してくれ」

「おーけー!」

 返事を聞くなり俺は銃による攻撃を続ける奴らの方へ走っていく。奴らもまさか攻撃をしているところに単身で飛び込んでくるとは思っていなかったのだろう。俺と目が合った一人は明らかに動揺していた。

 その動揺が命取りだ。俺は向上させた身体能力をフルに使い、まずは動揺した男を力一杯殴り飛ばす。軽く十メートルほどは吹っ飛んだだろうか。残った男達も打撃で片付け、ものの数秒で攻撃はやんだ。

 前進した場所にカノンが追いつく。

「ちょっと! 援護は? 援護はどうなったの?」

「ああ、悪い。いらなかった」

「もーっ!」

 頬を膨らませて怒るカノンは俺を追い抜いて先に進む。

「おい、先に行くのか?」

「もちろん。だってコウが先に行くと暇だもん。それに、怪我しないしね」

 硬化の影響で怪我はない。だから強気になっている。普段は俺の背後から援護するカノンが今日は前に出る。

「来るぞ!」

「あいつらは悪魔だ! 殺せ!」

 男達が廊下の先で横一列に並んでいる。構えている銃は先ほどとは形状も大きさもまるで違う、大きなものだった。

「え?」

 魔法を撃って終わり。そういうつもりだったカノンめがけて、先ほどの銃を遙かに上回る音が、何十倍の速さで鳴り響く。

「痛っ! いだだだだっ!」

 想像以上の高速連続攻撃。カノンは吹っ飛ばされて、四つん這いで俺の元に返ってきた。

「痛い……痛いよ……」

「怪我は……なさそうだな」

 硬化の壁を破るほどの攻撃ではない。しかしあそこまで高速で連続攻撃をされると接近すらできない。

「むーっ! カノンちゃん、本気出しちゃうんだから!」

 カノンはそう言って再び飛び出す。そして手を男達の方に向け、魔法を撃つ。すると先ほどの雨で濡れた廊下が凍り付く。足場は冬の水溜まりのように氷がびっしりと張り、壁や天井からは氷柱も見える。当然その冷気で男達は凍てつき、攻撃をする前に凍り漬けになってしまった。

「氷漬けか。魔力での守りがないとこんなに簡単に凍っちまうんだな」

 魔法戦の鍵はいかに魔力を上手く使うかにかかっている。その守りがない状態の人間なら、いとも簡単に魔法の餌食になってしまう。この世界にカノンの攻撃を防ぐことが出来る奴はいるのだろうか。そう思えるほど、魔法は強すぎた。

「コウ」

「どうした?」

「う、動けない」

「なんだって?」

 何が起こったのか。もしかしたら奴らにやられたのか。そう思ってカノンを見ると、動けない理由は簡単だった。氷漬けになったのじゃ奴らだけでなく、水溜まりの上に立っていた自分の足も、だった。

 幸い凍ったのは靴だけでカノンの足に害はない。

「氷、割って」

「もう少し考えて使えよな」

 拳で氷を割ってカノンの足を解放する。足が自由に動くようになってカノンが喜んでいると、俺達二人の足元に何かが転がってきた。黒い金属の球体のようなもの。

「なにこれ?」

「さぁ?」

 黒い球体を二人で見ていたそのとき、突如黒い球体は爆発した。いきなりのことで俺もカノンも吹っ飛ばされる。地面を転がり、爆発によって舞い上がった粉塵が視界を奪う。だが視界がはっきりしていても、衝撃で焦点の合わない目が使い物になるまで少しの間を要した。

「カノン、無事か?」

「いちおーぶじだよー」

 糸の切れた人形のような体勢で壁にもたれかかっている。今の爆発でも怪我はない。この世界のことを知らないとはいえ、さすがに無防備過ぎた。もう少し慎重に、警戒しなければならない。

「くそっ! あいつらまだ生きてやがる!」

「悪魔め! 聖戦を邪魔する悪魔め!」

 さすがにこれだけ攻撃して俺達が生きていることは向こうにとっても想定外のようだ。

「この、さっきからから悪魔悪魔うるさい!」

 体勢を立て直したカノンが奴らに向かって手を突き出す。そして一瞬、閃光が走った。枝分かれしながら廊下が一瞬だけまばゆい光に包まれる。しかしそれで終わり。一秒ほど後、奴らの倒れる音だけがした。

「へぇ、雷撃はかなり有効かもな」

 男達が持つ武器はほとんどが鉄製だ。雷撃を放てば奴らの武器が目印になる。特別な操作は何もいらない。

「くそっ! なんとしても殺せ!」

 また連続攻撃が降りかかる。さすがに怪我はしないにしても衝撃でダメージが完全にゼロというわけではない。俺もカノンも奴らの攻撃が当たらない場所に隠れる。

「ボス! どうしましょう?」

「くっ! 悪魔の襲撃は予想していなかった」

「コーディネーターは?」

「屋上にいる。俺は屋上へ行く。お前達はここであいつらをなんとしてでも殺せ!」

 奴らのボスが走り去っていくのがチラッと見えた。追いかけようにも絶え間なく続く連続攻撃をかいくぐっていくのは無理だ。

「どうしよう。逃げられちゃうよ」

 あいつらのボスを逃がしてしまえば、ここへ来た意味が半分くらい無駄になってしまう。なんとかしてあいつらのボスが逃げられないようにしなければならない。

「カノン、雷撃をぶっ放せ。奴らが倒れたら俺が突っ切って残った奴らを倒す。それで後はボスを追いかけるだけだ」

「んー、わかった。じゃあ任せた」

 カノンはそう言うと雨あられと降り注ぐような連続攻撃の中に手を突き出し、雷撃を放つ。廊下全体が一瞬光って、その光がやむ頃には奴らの攻撃はなくなっていた。

「よし! 行ってくる!」

 俺は飛び出して奴らのいた場所に飛び込む。ほとんどは先ほどの雷撃で気を失っていたが、何人かまだ無事な奴らがいた。そいつらに飛びかかってぶん殴り、攻撃を受けてもひるまずに掴みかかる。

「ふぅ、こんなもんか」

 俺達に向かって攻撃してきていた奴らは全員倒した。これで後はボスを追いかけるだけだ。

「カノン、行くぞ……って、お前何してんだよ」

 振り返った時、そこには奴らの銃を拾って観察するカノンの姿があった。

「ほら、だってこの武器すごくない?」

「いや、まぁすごいけどな」

「音がうるさいのが欠点だけど、魔力無しであんなことできるってすごいよ」

 カノンはそう言うと小さい方の銃を一つ手に取る。

「もらうね!」

 事後報告。しかも持ち主の男達は全員気を失っている。

「まぁ、ないよりはあった方がいいかもな」

 俺も銃という武器を手に取ってみた。思ったより重く、扱いづらいような気もした。

「お前、これ使えるのか?」

「使ってみよう!」

 カノンはそう言うと銃を手に持った。そして奴らの真似をして構える。

「……あれ?」

「どうした?」

「これ、どうやって使うの?」

「俺に聞くな」

「えぇー、使い方わかんないよ」

 銃というものを初めて持った。使い方がわからなくて当然だろう。

「あ、でも昔見たあの作品に似たような武器があったかな」

 カノンは記憶の中を遡り、自分が呼んだ作品の表現や内容を思い出す。都合の悪いことは重病前のことでも忘れていることがしばしばあるカノンだが、都合のいいことは何年経っても忘れないのだ。

「使い方はこうだ!」

 カノンは自信満々に指を引く。すると轟音が鳴り響き、銃を使うことができた。

「へぇ、指で発射するのか」

 俺はそう感心していると、カノンは顔を押さえていた。

「どうした?」

「使ったらなんだか腕がガクンッてなって、銃が顔にガーンッてなった……」

 怪我はしていない。出血もない。カノンに大事はないが、どうやら扱いは少々難しいらしい。

「俺がやってみる」

 奴らの真似をして使う。指を引いて攻撃。その瞬間、とんでもない力が一瞬だけだが銃から感じた。恐ろしい威力を発揮する銃だが、攻撃の際に強力な反動が腕に来る。高い攻撃力を簡単に我が物にできるとは限らない。

「力がいるな」

「うん、もう一回だ!」

 そう言ってカノンは二回三回と銃を使う。何度も使ってようやくどれくらいの力加減がいいのかがわかったようだ。

「ふっふっふっ、私は今日、銃をマスターした」

 勝ち誇った顔をしている。勝利宣言をしているところ悪いが、俺は口を挟ませて貰う。

「カノン、こっちの大きいのも銃らしいぞ」

「……え?」

 銃の使い方は完全にマスターした。そのつもりだった。しかし大きい奴も銃という。小さい奴も銃という。銃という武器には大小で様々な種類があるようだ。おそらくまだまだ他に種類があるだろう。それがわかって、カノンは決めポーズをゆっくりと止めた。

「さて、ボスを追いかけよー!」

 銃の話題はどこへやら。カノンはボスが走って行ったと思われる通路を追いかけていく。銃があった方が何かと便利だという思いは俺も同じだ。カノンも銃は持ったままなので、俺も自分の分を持っていくことにした。

「あれ? 行き止まりだよ?」

 ボスが向かったはずの方向へ行くと、そこは突き当たりだ。

 突き当たりの窓から外の光景が見える。日は落ちて空は暗いのに、視界よりも下がキラキラと光っている。昼とは天地が客点したかのようだ。特に下からは赤い光がチカチカと上空を照らしているのが印象的だ。

「おい、ここ。扉があるぞ」

 緑色の光る板の下に扉がある。その扉の先は薄暗いが、上下に階段が延々と伸びているように見えた。

「さすがに三十五階ってだけあるな。下が見えない」

 見下ろしても一階がわからない。見上げればなんとか天井が見える。

「屋上って言ってたよな」

「えー、階段上がるの?」

「しかたねぇだろ。行くぞ」

 俺はカノン先に階段を上っていく。カノンは嫌そうな顔をしながら、ゆっくりとだが着いてくる。

「そんなんじゃ置いていくぞ」

 俺は警戒に階段を上り三十六階に到着。そしてそのままの勢いで三十七階へと上ろうとしたとき、爆発音とともに吹っ飛ばされた。

「かはっ……え? な、なんだ?」

 硬化がなかったら間違いなく死んでいた。それほどの爆発が突然起こった。さっき爆発した黒い球体のような物は無かった。何も無かったのに爆発した。

「どういうことだよ……」

 壁にもたれかかっている俺のところにカノンが追いつく。

「コウ、追いついたよ」

「……わかってるよ」

 頭を何回か振ってから立ち上がる。爆発が起こった理由がわからず、階段を続けて上っていいものかと悩む。

「あっ、コウ。ほら、あそこ」

「ん? 何か光ってるな」

 爆発で舞い上がった粉塵。それが三十七階手前で少しだけ光って見える。そのあたりをよく目をこらしてみてみると、見えにくいように何かが設置してあった。

「罠か!」

「うわぁ……魔力を使わない罠ってえげつないんだけど、この世界だとより一層えげつなさが増すね」

 魔力を感知できない。つまりどこに罠があるかは目で見て探さなければならない。

「くっそ! 爆発覚悟で突っ切るか?」

 階段の上でわずかに光って見える横に一本まっすぐ伸びた光の線。それを避けて上るのは難しそうだ。

「ねぇねぇ、あれって光属性の罠っぽくない?」

「ん? まぁ、言われてみればそうだな」

「じゃあさ、私たちに『光が当たらなかったら』いいんじゃないかな?」

「光が当たらない、か。なるほど、姿を消すわけか」

 姿をまるっきり見えないようにする。そうすればあの罠を堂々と通過できるかもしれない。もちろん引っかかる可能性もあるが、その時はその時だ。どうせ怪我はしない。一度試してみるのもいいだろう。

 姿を消す魔法。元の世界では魔力感知できないモンスターや、補助魔法が苦手な人間には有効な手段だ。見えなくても魔力を感知されたら居場所を知られてしまう。見えないからと言って万能というわけではない。だが魔法のない世界なら、見えないというのはものすごい強みになるかもしれない。

「よーし、行くぞー!」

 俺達は姿を消した。魔力までは隠しきれないが、少なくとも見た目は完全に透明だ。

「行くぞー、か。それはいい。でもどうして一段も上らないんだ?」

 透明になったカノンは俺の真横から動かなかった。

「いや、だってさぁ……爆発したらしんどいじゃん」

 もう何度も吹っ飛ばされている。そのたびに起き上がってきたわけだが、さすがにかなりの回数を吹っ飛ばされると体力的にも疲れてくる。

「わかったよ。俺が行く」

 透明になった俺はおそるおそる階段を上っていく。そして光が走っていた場所の前で一度足を止めて深呼吸をする。そして一気に、光る線を突っ切って階段を上った。

「……お、上れたぞ」

「ほんと? じゃあ行く!」

 透明のカノンが軽い足取りで階段を上ってくる。当然爆発はしない。どうやら光の線に身体が触れたら、もしくは光を遮ったら爆発する仕掛けのようだ。透明になれば光の線を突っ切っても、光を遮ったり触れたりしていない状態と変わらない。だから爆発しないのだ。

「よし、この調子で屋上まで行くぞ」

「おーっ!」

 屋上までの間にまだ数カ所、光の線が走っていた。しかしもうその罠にはかからない。俺達は屋上へ、止まることなく階段を上っていった。

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