第17話

★コウ


 浅黒い肌の男達を追跡してたどり着いたのは背の高い建物。周囲にも背の高いビルが建っているが、その中でもひときわ大きな建物が点に向かってそびえ立っている。

「うわー……でっかい建物。これ何?」

「さぁ、わからん」

 巨大な建物は周囲に立ち入り禁止と解体工事予定という張り紙が貼られている。その建物に浅黒い肌の男達は入っていった。

「立ち入り禁止だよ」

「知ってるよ」

「工事予定だって」

「わかってる」

 張り紙に書いていることをいちいち読み上げなくてもわかる。

「工事関係者?」

「そうかもしれないな」

 これだけ大きな建物だ。解体するとなると爆破が手っ取り早いだろう。周囲に被害が出そうなことだけが悩みの種だ。

「よし、行こう!」

「は? 行くって、この建物に入るのか?」

 天まで届くのではないかという背の高い建物。広さもそうだが高さも相当なものだ。中はずいぶん広いことだろう。

「もちろん! あの人達の話が何も問題なかったら、謝って帰ってくればいいじゃん」

「それは一度でも謝って許してもらえたことのある奴が言ってくれ」

 何かをしでかすきっかけは常にカノン。そしてその尻拭いで謝るのが俺だ。

「ほらほら、コウ。行くよ!」

 カノンは背の高い建物へと走って行った。立ち入り禁止の張り紙や囲いをすり抜けて侵入する。

「はぁ、ちょっとくらい様子見ようぜ」

 そうは言ってももうカノンは行ってしまった。あのバカが余計なことをしないように見張るのも俺の役目だ。ここで引き返すわけにも行かない。俺もカノンの後に続いて立ち入り禁止の張り紙と囲いをすり抜け、建物の中へと侵入した。

「うわぁ、広いね」

 建物のエントランス部分。数階上まで吹き抜けになっているデザインは壮観だった。

「カノン、一応補助魔法を使っておく」

 俺はカノンに身体の表面を硬化させて強度を増す補助魔法をかける。もちろん俺の身体にも、だ。

「あれ? ここ、普段の冒険とは違うけど?」

「それでもだ。念には念を、ってな」

 何が起こるかわからない。何があるかわからない。気にしすぎて警戒しすぎているのかもしれないし、これでもまだ足りないのかもしれない。でも最悪の事態を考えたなら、これくらいのことはしておいた方がいい。

「よーし、レッツゴー!」

 カノンがエントランスをまっすぐ突き進む。その先には二階へと上るため、ベルトの着いた手すりと金属製の変わった階段がある。変わったデザインだ。

 金属製の階段を上って二階へ。そこには俺達が後をつけてきた浅黒い肌の男の二人組がいた。横開きと思われる扉の前に立って、何かを待っていた。

「あっ、いた!」

 カノンの大声で二人の男が一瞬身体を震わせる。そして俺達と目が合った。

「なんだ、お前達は?」

 浅黒い肌の男の一人がこちらをやや睨み付けるような目で見てくる。どうやら警戒しているようだが、まぁ無理もない。立ち入り禁止の建物の中で会ったのだ。警戒しない方がおかしいだろう。

「ねぇねぇ、さっき爆破とか襲撃とか言ってたじゃん。あれってどういう……」

 カノンが言葉を言い終わる前に、男達の表情が変わった。そして一人が服の下から黒く不気味な光を放つ何かを取り出す。そして聴力を失うのではないかと思うほど大きな音が響き、カノンが後ろに吹っ飛んだ。

「カノン!」

 カノンの心配をした瞬間、今度は俺の胸に音とともに強烈な衝撃。その衝撃の威力に耐えきれず、俺も吹っ飛ばされる。俺とカノンは吹っ飛ばされてわけがわからないまま、仰向けに倒れていた。

「日本人で俺達の言葉がわかる奴と出会う確率はかなり低いはずだぞ」

「しかも会話を聞いて追いかけてくるとは思わなかったな」

「ああ、だが殺した。次からは気をつけよう」

「そうだが、一応死んだかどうかは確認しておく。生きていたら銃を持っているのを知られたことになるからな」

 男の一人がこちらに歩み寄ってくる。さっきの衝撃は銃という武器のようだ。魔力の気配もなく、一瞬でこれだけの衝撃だ。表面を硬化していなければあの一撃で間違いなく致命傷だっただろう。

「あーっ! 痛ぇぞ、ちくしょう!」

 男が接近してきたところで俺は素早く立ち上がった。

「なにっ!」

 立ち上がった俺に驚いた男の身体は一瞬硬直した。しかし少し時間を与えれば、またあの銃という武器にやられる。その前にやるしかない。魔力を身体に流して、身体能力を向上させる。そして銃という武器を使われる前。素早く男の懐に飛び込んで、右手拳の打撃をお見舞いしてやった。

 俺の拳を受けた男は吹っ飛んだ。大の大人三人分の身長は軽く飛んだ。

「な、なんだと?」

 吹っ飛んだ男は衝撃をもろに食らって立ち上がれない。それを見てもう一人の男が銃を取り出す。しかしその男も銃を使う前に吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

「痛いじゃないの!」

 俺は何もしていない。建物内を突如突風が吹き荒れ、男を吹っ飛ばして壁に叩きつけた。それはカノンが魔法によって起こした風だ。

「あ、悪魔か……」

 吹っ飛ばされた男は体中の激痛に苦悶の声を漏らす。銃は衝撃で落としているため、もう反撃はなかった。

「お前ら、いったい何をしようと企んでいるんだ?」

 意識のある男の胸ぐらを掴んで問いただす。しかし男は答えない。

「答えろ。何を企んでいるんだ?」

 二度目の問いかけ。しかし男は黙ったままだ。どうやら黙秘を貫く気だ。

「答えろ!」

 俺は男が倒れている床を力一杯殴りつけた。大きな音とともに石の床にひびが入る。それを見て黙秘を貫いていた男の表情が一変した。

「お、お前らこそ、何者だ? 悪魔か?」

 硬化と能力向上。この二つの魔法を使えばこれくらいのことは容易にできる。しかし魔法のない世界では人間がこのような力を見せるのは異常なのだろう。信念を貫こうという意志の見えた表情が恐怖に染まっている。

「俺達のことよりもお前らの目的だよ。答える気になったか?」

「ひ、ひぃっ……」

 石の床を簡単に破壊して傷一つない拳を男に見せつける。男は悲鳴を漏らし、そしてしばらく間を置いて話し始めた。

「お、俺達は、俺達を虐げるアメリカを許さない! どんな手を使ってでもアメリカには代償を支払って貰う! 爆発に襲撃、何でもするさ。アメリカ大統領を殺せるのであれば何でも!」

「それで? ここには何をしに来たんだ? これからどこへ行く予定だ?」

「き、今日はこれからの方針を決める会議だ。我らの指導者と、お膳立てをするコーディネーターがここに来る。三十五階の会議室だ」

「そっか、つまり今日はお前らのボスと重要な仲間が集まるってわけか」

「そうだ。だから、邪魔されるわけにはいかない!」

 腹に何か衝撃を感じた。見てみるとナイフが突き立てられている。

「ば、バカなっ!」

 ナイフは腹に突き立てられているが、服を切っただけでナイフの刃は俺の身体に刺さっていない。

「大人しくする気がないならもういい。寝ろ」

 男の顔の前で手をかざす。相手を眠らせる魔法を使う。魔力による守りがないなら簡単に睡魔に負けるはずだが、なぜか全く効果がなかった。

「ちっ、有利ってだけじゃないのかよ。しかたねぇな。実力行使で行くか」

 男の身体を軽々と持ち上げ、石の床にたたきつけた。魔法が通じないなら物理的に眠らせてやればいい。

「わー、コウ。なかなか酷くない?」

 しかたねぇだろ。眠らせようと思ったけど、魔法が通じなかったんだ。

「え? そうなの?」

「ああ、だから物理的に眠って貰った」

 俺の言葉を聞いてカノンが「あははっ」と笑っている。面白かったらしい。

「さて、これからどうする?」

「どうするって?」

「このまま乗り込むか、誰かに伝えるか、だよ」

「そんなの乗り込むに決まってるでしょ!」

 カノンは即答だった。友達の家に遊びに行くくらいの軽さで言った。

「コウの硬化で相手の攻撃通じないんだよ。カノンちゃんもガンガンやっちゃうからね!」

 戦闘態勢万全でやる気満々だった。これは止めたら俺が魔法戦の相手をさせられかねない。それにこのままこいつらを放っておくと、こことはまた別の場所に集まって何かをやらかすかもしれない。

 元の世界に戻る気ではいる。しかしこの世界にいる以上、この世界の安全を守れるのなら守りたい。

「よし、じゃあ行くか」

「おーっ!」

「確か三十五階って言っていたよな」

「すっごい高さだね」

「ああ、さすがに階段で上っていくのは骨が折れるな」

「ああ、それなんだけどさ。コウがさっき聞いている時にここの扉が開いたんだけど」

「ん?」

 カノンが指す両開きと思われる扉は閉まっている。

「開いたのか?」

「うん」

「そうか、開いたのか……」

 こいつらはここで待っていて、そして三十五階の会議室へ行こうとしていた。つまりここから三十五階まで楽に行く方法があるということだ。それがこの両開きの扉だということは間違いない。

「何か他に気付いたことはあるか?」

「えっとね、これが光っていたよ」

 壁からわずかに飛び出した小さな正方形の突起。カノンは光っていたと言うが、今は光っていない。つまりこれは光るような仕掛けがあると言うことだ。そして両開きの扉が開いて閉まった。そしたら光が消えた。これらは関連していると考えるべきだ。

「あっ、そっか! これを押すんだ!」

 俺の考えがまとまった頃、カノンが直感で気がついた。そして小さな正方形の突起を押すと光った。そして両開きの扉が開く。

「おぉーっ!」

「どんな仕掛けなんだろうな」

 両開きの扉の中には他の出口はない。乗り込むと壁には一から四十までの数字が書かれた四角い突起が綺麗に並んでいる。

「これで三十五を押せばいいってことか?」

「わーい、またカノンちゃんが押すね」

 カノンが三十五と書かれた四角い正方形を押すと、押した正方形の突起が光る。そして両開きの扉はゆっくりと閉じ、わずかな揺れとともに箱が動いた。

「うわっ!」

 箱の中に光る数字があり、それが一つずつ増えていく。身体に微妙な重さがのしかかっているような気がした。壁にある光る数字が増えていくところを見ると、この箱はものすごい早さで三十五階へと上昇していっているのかもしれない。

「うおーっ! これは楽しいかも!」

 箱の中で喜ぶカノン。しかし喜んでばかりもいられない。俺はカノンに硬化させる魔法と身体能力向上の魔法をもう一度かける。

「あれ? どうしたの?」

「敵の親玉がいるんだ。守りを固めておいた方がいいだろ?」

「効果切れになると危なそうだしね」

「ああ、だから魔法をかけなおしておく」

「うん、じゃあカノンちゃんは大暴れしちゃうね!」

 カノンに魔法をかけた後は俺自身にも魔法をかける。これで少なくともあの銃という武器程度では負傷はあり得ない。もっと強いものがあっても二重で魔法をかけておけば安心だろう。

 数字が三十五に近づいてくる。間もなく扉が開く。開いた瞬間にあの銃を向けられることも考え、気を引き締める。

「よーし! 行っくよー!」

 表示されている数字が三十五になり、両開きの扉がゆっくり開いた。

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