第15話

★コウ


 平和な街だった。行き交う人々の誰もが、我が身に危険が降りかかるなど微塵も思っていない。そしてそんな彼らに警戒を必要とさせない社会。そんな街を俺達が歩いている時だった。

 不穏な会話が耳に飛び込んできたのだ。

「爆破ポイントは決まったか?」

「ああ、襲撃地点も決まった。決行は?」

「来月だ」

 その会話はあまりにも平和からかけ離れ、そして冗談とは思えない真剣味を帯びたものだった。その会話が街中で平気で交わされている。それなのに、周囲の人達はそいつらを誰も危険視していなかった。

「ねぇ、コウ。今のって……」

「冗談には聞こえなかったな」

「でも、周りの人達、誰も見向きもしてないよ? やっぱり冗談なんじゃない?」

 周囲の人達が気付かない。見向きもしない。それがなぜなのかがわからない。

「ちょっと追いかけるぞ」

「え?」

「何も問題がなければそれでいい。もし本当に何かあるとしたら……」

「あるとしたら?」

「その時考える」

 この世界での治安維持は一体どうなっているのか。詳しい知識もないまま、俺とカノンは不穏な会話をしていた男達の後を追った。

 男達は二人組だ。浅黒い肌に鋭い目つき。平和な街に生きている行き交い人達とは明らかに雰囲気が違う。肌の色とか着ているものではなく、まとっている空気が別物だ。

 会話を聞くために近づく。尾行をするには近すぎる距離でも、人が多いおかげで気付かれない。おかげで二人の会話がよく聞こえる。

「来月、アメリカ大統領が日本にやってくる。アメリカで殺すのは難しい。だが日本で殺すなら手はある」

「対テロ対策がアメリカほどじゃないからな」

「ああ、当日の移動ルートはまだ判明していない。だがおおよその移動ルートは予想が立っている。どのルートを選ばれても襲撃が可能な場所を抑えてある」

「爆破を行えば混乱は必ず起こる。後は襲撃をして殺すだけだ」

 話を聞いている限り、二人は暗殺計画を立てているようだ。それもかなり計画的。どうやら見過ごすことはできなくなってしまった。

「それはいいが、武器の手配は?」

「コーディネーターのあの女が用意してくる。今は拳銃とライフルと手榴弾だけだが、決行日までには対戦車ミサイルなども届く予定だ」

「よし、それなら間違いなく成功するだろう」

「日本に入国する際もあの女のおかげで上手く入れた。仲間全員分の隠れ家もある。多額の金を払ったが、仕事は確かだ。荷物も期日通りくるだろう」

「世界を我が物のように扱う悪の枢軸を許してはならない」

「そうだ。我らの偉大なる神に栄光を、そしてアメリカに死を」

 武器の名前がいくつか出た。しかしそれがどういった武器なのかがよくわからない。しかしわかることも多い。彼らは誰かが手引きをしてこの国のこの街にやってきたのだ。そして他にもいる大勢の仲間達とともに、暗殺を企てている。

 全容はわからない。国名も知らなければ国の規模も知らない。だが、大国の国家元首が狙われていることだけは確かだろう。

「それにしても今日は何の用だ?」

「爆破ポイントの確認と、決行日までの状況整理、そして作戦会議だ。各隠れ家には最低限の人数だけを残してみんな集まる」

 不穏な会話を続ける二人の男達。その後を尾行する俺とカノン。この四人だけ、この世界にいるのにこの世界とは別の世界に存在している。そんな気がするほど、周囲からの関心がない。

 なぜこれほどほかの人達と乖離しているのか。その回答は赤い光で足を止めているときにわかった。

「すみません。駅はどこですか?」

「あ、ちょっと待ってください」

 足を止めている隣で、旅行客と思われる大きな荷物を持った色白の金髪男。そしてそれに答えるのは地元民と思われる軽装の男。

 軽装の男はポケットから手のひらサイズの板を取り出す。カノンが飲み物を買って貰った時にも見た奴と似ている。それに軽装の男が話しかけると、色白の金髪男にもう一度同じ内容が発せられる。それに対して金髪の男も板に話しかけ、軽装の男に同じ内容の言葉が発せられる。

「そうか、言葉がわからないのか」

 俺やカノンは翻訳魔法の恩恵を受けている。見聞きする全ての言語を理解できる。言葉を相手に理解させることもできる。しかしそれは翻訳魔法があるからできることで、この世界には翻訳魔法が存在しない。その代わりこの世界の技術で翻訳を行っている。それがあの手のひらサイズの板のようなものなのだろう。

 軽装の男と色白の金髪男は全く違う言語を使っており、それを翻訳する板を介して意思の疎通を行っている。そして軽装の男は色白の金髪男の求める答えを用意することができ、二人は円満に別れていく。

 それだけ危険なことを話していようと、どれだけ危ない計画を立てていようと、それを見聞きする人が理解できなければ存在しないも同然。浅黒い肌の男達はこの国で自分たちの会話を聞き取れるものはいない、もしくは少ないことを知っているのだ。だから無防備に町中であのような会話をしていた。

「今更ながらに、翻訳魔法ってすごかったんだな」

 身近に当たり前に存在するもののありがたみ。それはなかなか知る機会が少ないと聞く。実際に必要になったときや、役に立ったと理解する機会がなければ、当たり前のようにあるものはあって当然という認識になってしまうようだ。

 光っている色が赤から変わる。それに合わせるように人々が動き出す。浅黒い肌の男達も歩き出し、俺とカノンも後を追う。

「ねぇ、コウ」

「なんだ?」

「あの板みたいなの欲しい」

「そうだな。色々と便利そうだが、その話は後にしてくれ」

 飲み物を買ったり、知らない言語を翻訳したり、そういうことが普通に出来る手のひらサイズの板。さっき見たのと今見たものが全く同じものなのかはわからないが、似ているものであると予想される。カノンが欲しがるのもわかる。

 よく見れば街を行き交う人の多くが、あの手のひらサイズの板を持っている。多くの人が持っているのであれば、普及しているという証拠だ。カノンが持っても何もおかしいことはないし、俺ももしかしたら必要になるかもしれない。

 しかし今は浅黒い肌の男達の行方を追わなければならない。この世界には魔力がないため、あの男達を一度見失ってしまうと追いかけられない。

「ほら、行くぞ」

 手のひらサイズの板のことはひとまず忘れ、浅黒い肌の男達の後を追いかけていく。その道中、さらに過激な会話もあった。しかし誰もその会話に気付かなかった。

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