第14話
☆三南航星
ゴトゴトと揺れる荷車。そこに俺とカノンとそしてリザが乗っていた。
「すっごいね。本当に自動で動いてる」
舗装されていない道を行く荷車の揺れは時折大きいものがある。しかし日々こういった荷車が通る道だからだろう。舗装はされていなくても荒れているということはない。
「移動魔法技術の一つです。目的地を設定して魔鉱石を装着すれば、魔鉱石内の魔力が尽きるまで目的地に向かってくれます」
「ナビ付きの自動運転みたいなものか」
現在、俺達の世界で研究開発が進められている自動運転技術。従来から使われていた道を人の手を使わなくても、車が勝手に目的地へと向かってくれる。その技術にはたくさんの弊害もあるが、研究開発はまさに現在進行形で進んでいる。その自動運転技術が魔法の世界ではすでに存在していた。
「移動だと荷馬車とかをイメージしてたんだけどね」
カノンの想像は俺の想像と近かった。荷車を引く馬がいて、それらが道を行き交っているというイメージを抱いていた。しかし荷車は魔法で勝手に動く。馬を必要としていない。
「荷馬車もまだまだ現役です。状況や場所によれば荷馬車の方が優れていることもありますし、遠距離移動なら馬の餌代や管理の手間を考えれば魔法の方がコストも安く上がり、手間も少なくて済みます」
「ケースバイケース、か」
確かに最新テクノロジーこそが万能で一番だということはない。最新のテクノロジーにも穴はあるし、ちょっとしたことなら機会よりも人がした方が早く安く済むことも多い。状況に合わせて人力と機械化を使い分けるのと同じだ。
「でもこれだったら大きな荷物を運ぶのに人はいらないんだよね」
重い荷物や数多い荷物。それらを全く人の手を用いずに運ぶことができる。この魔法は運送業者なら喉から手が出るほど欲しいだろう。
「理論上はそうですが、人の目がないとそれはそれで問題だったりします」
「問題なんてあるのか?」
送り先から届け先へ、勝手に荷物が移動してくれる。それのどこに問題があるのか、俺は思い至らなかった。
「荷物が勝手に移動しているだけですと、盗賊などに中身を丸々奪われることもありますから。護衛や管理というのは不可欠です」
治安という問題が大きな壁になっているということか。言われてみれば確かにそうだ。無人で移動する荷物は盗みたい放題。さっきの教会への襲撃を考えれば、安易に無人配送という手段には出られない。
「もちろん盗めないようにする魔法技術や、襲撃に対して反撃する魔法技術などもあるのです。ですがそちらはコストが高く、なかなか手が届きません」
高い技術力を得るには高い対価が必要になる。どうやらその点は俺達の世界と変わらないようだ。
「それにしてもリザ。俺達に着いてきて良かったのか?」
教会への襲撃を撃退した。その後は着替えを終え、神父のすすめでこの国の首都の城郭都市へと向かうことになった。魔力を持たない俺達の補助としてリザは着いてきてくれることになったのだが、それはほとんど神父に説得される形で決定したのだ。
荷車に乗って移動する間に少し話した。年は変わらず、丁寧な話し方は彼女の性格によるもの。俺は話しやすさを重視して良いと言うことだったので、同年代と言うこともあって丁寧な話し方はやめた。
「私は教会で教会騎士になるために日々鍛練を積んできました。ですが神父様は私を首都の学院に通わせることを考えているようです。今回、お二人とともに首都に行くのは私を学院に通わせるためもあるのでしょう」
リザの戦う姿は正直恐怖を覚えるほど強かった。躊躇うことなく敵を斬っていく姿は今思い出しても背筋に冷たいものが走る。それは日々の鍛錬に裏打ちされた彼女の実力だ。
「私は首都をあまり快く思っていません」
「そうなのか?」
「はい。首都には多くの貴族が住んでいます。彼らの多くは自分たちの持つ権力を振りかざして民衆を従わせています。例外の貴族もいることはいますが、ほとんどは民衆とは一線を画した存在であると思っているようです」
階級社会として貴族と民衆の間には大きな壁がある。中世や近代ではよく見られた身分の差。それを現在も存在するものとして聞くことがあるとは思わなかった。
「リザは貴族が好きじゃないってことか」
「はい。好きではないというか、正直に言えば嫌いです」
修道女であるリザ。彼女にここまで直球で嫌いと言わせる貴族がいる。これは首都の中では十分気を遣って行動する必要がありそうだ。
「格差って嫌だよね」
今まで外の景色を眺めていたカノン。飽きたのか、会話に入ってきた。
「如実に格差があるとわかると、確かに気は滅入るものだよ」
カノンは何か一人で納得している。リザが俺をチラリと見るが、さすがにこれだけでは俺もこいつが何を考えているのかわからない。
「でも私は嫌いじゃない。嫌いになれないんだよ」
意味のわからない熱弁。その熱弁の最中、カノンは素早く動き出した。
「おっぱい要員は重要だから!」
何の前置きもなく、カノンはリザの胸を両手で掴んだ。
「えっ、ひゃっ!」
リザは素早くカノンの手を胸から払いのける。日々鍛練を積んだリザの反応速度を上回る。こんな時だけ異常な瞬発力を発揮する。
「お前、何やってんだよ!」
今日会ったばかりの初対面の人、さらに日々訓練を積んで戦闘技能に長けている。そんな人にすることではない。短剣で反撃されても文句は言えない。
正直ひっぱたいてやりたい気分だった。しかしそんな気も萎えるほど、こいつはいつも通りマイペースだった。
「うーむ、やっぱりFだね」
リザの胸を掴んだ自分の手の感触を思い出しながら、分析結果を言葉に出して言っていた。ここまでいけば同性がやったとは言え警察案件だ。
「私はギリギリBだからなぁ、リザが羨ましいよ」
「そ、そんなことありませんよ。私は最近肩こりがつらいんです」
寂しそうに自分の胸に触れるカノン。なんとも言えない哀愁を漂わせる雰囲気にリザの方がなぜか罪悪感を覚えて、そしてなぜかカノンをフォローし始めるという奇妙な展開へ発展した。
「ふっ、持つ者の悩み、だね。それは持たざるものには感じることすらできない贅沢な悩みなんだよ」
感情や雰囲気がころころ変わるカノン。リザはその調子について行けない。明らかに戸惑い、こちらに助けを求める視線を先ほどからチラチラと送ってくる。
「おい、もういい加減にしろ」
カノンの首根っこを掴んでリザから引き離す。荷車の隅っこに追いやり、リザとの間に俺が身体を入れて妨害。これでひとまずリザに危害が加えられることはないだろう。
こいつの正しい扱い方は幼馴染みの俺でも実はよくわかっていない。なんとなくその場その場で対応していることが多い。経験則でなんとなくどういう対応が正しいかわかることはあるが、正直に言えば取扱説明書があれば欲しいくらいだ。そしてよくわからない時は適当なところで実力行使にて黙らせる。
「Fまでとは言わないけどDまでは育って欲しいなぁ。コウもそう思わない?」
「俺にその同意を求めるな」
「私はおっぱい教の巨乳派だからね。でも貧乳派にも理解はあるよ」
「宗教宗派みたいな区分は必要なのか?」
「重要なんだよ。キャラのおっぱいの大小で日々ネットでは論争が起こってるくらいなんだから」
「個人の好みでよくまぁそこまで盛り上がれるものだな」
「永遠のテーマだよね。ちなみにおっぱい教と対立しているお尻教ってのもあってね」
完全にどうでもいい話を始める。おっぱい教だとかお尻教だとか、そんな話はどうでもいいだろう。しかしそれが社会の常識であるかのように得意げに、そしてスラスラと詰まることなく、話し続けていた。
「お前は少し黙ってろ」
カノンの口を押さえて言葉を封印する。モガモガ言っているが、その反抗は無視する。
「えっっと、楽しい方ですね」
「残念な奴だよ。いつも対応に苦労する」
「えっと、お気持ちお察しします」
同意してもらえた。カノンの扱いに困る俺の気苦労をわかってくれたようだ。それだけでも報われたような気がした。
「そういえばさっき、教会騎士って言ったよな?」
「はい。私の目標です」
「教会騎士っていうのは教会直属の騎士ってことか?」
「はい。教会に所属する、教会の戦力のようなものです」
「教会ごとに教会騎士がいるのか?」
「いえ、教会組織全体の戦力ですから、基本的に教会単位で教会騎士を動かすことはありません」
「ん? 教会組織?」
聞き慣れない言葉に引っかかった。
「教会組織の認知度は今ひとつですね。私ももっと頑張らないといけません」
両手の拳を握り、頑張ろうというジェスチャーを見せる。
「教会組織とは世界中の教会を束ねる組織です。様々な宗教宗派の総まとめ役となっています。この教会組織が設立されたことで宗教戦争はなくなりました」
「へぇ、すごいな。宗教戦争がないのか」
複数の宗教宗派が一つにまとまっている。まるで日本の多神教を支える神社庁のような存在だ。それが世界規模でできているというのはまさに驚きだ。
「ですがそれまでには多くの血が流れました。教会組織を認めない宗教と認める宗教の対立がありました。結果、多数の宗教が手を結んだ認める側が勝ちました。これが最後の宗教戦争です」
平和は多くの血の上に成り立っている。それを物語る歴史だった。
「そして教会騎士団とは宗教宗派を超えて、そして人々の救済のために戦う訓練を受けた教会組織専属の戦闘要員のことです。私も将来は教会騎士団員入りを希望しています」
多大な犠牲の上に成り立っている教会組織。今は宗教というものに救いを求める人達全員を守るため、戦闘要員を育成して戦力を保持していると言うことのようだ。しかし宗教が戦力を保持するということに懸念は当然あるだろう。歴史の授業で習う政教分離が怒ったのは宗教が強くなりすぎたからだ。
「その教会騎士は国と争ったりしないのか?」
「最初の頃は諍いもあったと聞いています。ですが教会組織が進出するのに、当該国の認可が必要だとか、政治や統治には教会に害が及ばない限りは極力口を出さないようにするなどの取り決めがあります。そのおかげで多くの国とも協力関係にあります」
何かをするときには必ず問題点が浮き彫りになる。この世界で教会組織は、その多くの問題と向き合って解決したようだ。
「なるほど、リザが目指す理由がなんとなくわかる」
「ありがとうございます」
わかってもらえたのが嬉しいようだ。
「それでですね。中途半端になっていましたが、私が信仰している神様ですが……」
地雷を踏んだ。それだけはわかった。教会でさんざん彼女は信仰している神様について語ろうとしていた。しかし文字がわからないことを皮切りに、その話題は完全に吹っ飛んでしまっていた。
そして教会組織と教会騎士の話をした。話す機会を失っていたリザに話すタイミングを与えてしまった。なんとか話題をそらそうと、そのためにカノンを使おうとした。しかしこんな時に限って普段うるさいこのバカは、なぜかぐっすり昼寝をしていたのだった。
逃げ場のない荷車の中で、首都に到着するまでの間、延々とリザが信仰する宗教に関しての説明と勧誘を受けることになるのだった。
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