第13話
★コウ
宗教施設で魔力を帯びたご神体を発見はした。しかしその後は魔力を帯びたものは感知できなかった。
「乗り物も色々あるんだね」
道を行き交う乗り物の数々。この全てに人が乗っているとなると、短時間に相当数の人が移動していることになる。
乗り物も大きいものから小さいもの、一人乗りから複数人用、決められたルートを走るものから自分で操作するのであろうものと、乗り物だけでも様々だ。
「全部乗りたい!」
そしてカノンは乗り物に異常なまでに興味を持っていた。
「どうやったら乗れるのかな?」
道を行き交う乗り物を見ていると、道の片隅で手を挙げる老人がいた。しばらくすると乗り物はその老人の前に停まる。乗り物は老人を乗せると走り去っていった。
「ああやったら乗れるんだ!」
カノンはすぐさま手を挙げようとするが、俺はその手が挙げられる前に押さえ込んだ。
「落ち着け。お前はこの世界の金を持ってないだろ」
飲み物一つ買えないのだ。乗り物に乗れるとは到底思えない。何かを得るためには対価が必要で、その対価となる金を俺達は今持っていない。
「ガーン! カノンちゃん大貧乏!」
がっくりと肩を落とすカノン。あからさまに落胆しているのがわかる。周囲を行き交う人が不思議そうにこちらを見ている視線を感じる。
「ほら、今は歩くぞ」
「はーい……」
渋々、カノンは歩いて移動することに賛同した。
行き交う乗り物に人々。たくさんの人が生活している都市部だろう。それにしても、道を歩いていて争いごとが一つも起きないというのが素晴らしい。
「治安はいいみたいだな」
「そだねー。ケンカもないし、殺し合いもないし、モンスターも出ないもんね」
元の世界で俺達が住んでいた地域はまだ治安がいい方だった。しかし一歩治安が悪い地域に行けば、一瞬の油断が人生の終わりに繋がることも珍しくない。いきなり魔法での私闘に巻き込まれる地域もあれば、私兵と民衆の激突に出くわすこともある。
治安の良い地域でもモンスターの出現は常に頭痛の種だ。昨日は何事もなかった道を今日はモンスターが我が物顔で闊歩している。そんなことも珍しくはない。
そういう世界で生きてきたからだろう。町を歩いていて全く身の危険を感じない。それだけで感動ものだ。
「キャーッ!」
感動できる。そう思ったわずかに後、突如悲鳴が聞こえた。そしてそちらの方に瞬時に視線が向く。
視界に飛び込んできたのは子供。道に小さな子供がいて、そこに唸る乗り物が急接近していた。衝突までもう間もない。助けようにも間に合わない。
視界の中で子供が乗り物とぶつかる、と思った。しかし乗り物は急速に速度を落とし、子供と接触するギリギリで急停止した。
「おい! 危ねぇだろ!」
乗り物から眼鏡をかけた男が降りてきた。立ち尽くしたままの子供は悪いことをした自覚があるのだろう。逃げようとしたが、眼鏡の男に捕まってしまった。
「すみません!」
そこに子供の母親が駆けつける。母親はペコペコと頭を下げて謝り、眼鏡の男も最初は怒っていたが、徐々に熱が冷めていくように落ち着いてきた。
「気をつけろよ。最新式の自動運転制御システムの着いた車じゃなかったらただじゃ済まなかったんだからな」
眼鏡の男はそう言うと乗り物へと戻っていき、またうなり声を上げながら乗り物は走り去っていった。母親はなく子供をあやしながらも言い聞かせるように叱り、人々が行き交う雑踏の中に消えていった。
「最新式のシステムってやっぱすげぇな」
「事故も間一髪だったしね」
「俺、次の新車はやっぱシステム重視かな」
足を止めていた行き交う人々も少しずつ動き出す。あわやという事態からあっという間に、何事もなかったかのように街は先ほどまでの雰囲気と空間を取り戻した。
「危なかったら勝手に停まってくれるのかな?」
「そうみたいだな」
「へぇー、でもこのあたりは魔法の方がすごいのかな?」
「それは見方によるな」
ここまで行き交う乗り物が増えたらどうなるかはわからない。しかし魔法による危機回避の技術も相当なものだ。もちろんその魔法技術を導入するにも相応の対価が必要になるので、万人に行き渡っているとは言いがたい。一般民衆らしき人が個人で所有できる乗り物全部がああなら、魔法の世界よりも優れているだろう。
「まぁ、子供に何も無くて良かったね」
「そうだな」
「そうだ。魔力のない世界の人に治癒魔法って使えるの?」
「さぁ、どうだろうな。試してみないとわからない」
魔力のない人に魔法を使用したことはない。どのような魔法は効果があって、どのような魔法は効果がないのか、まだまだ試してみなければならないことは多い。
「誰かいい人いないかな?」
キョロキョロし出すカノンの頭を抑えて、人通りの少ない道に連れて行く。
「なに?」
「なに、じゃねぇよ。魔法のことはなるべく口外するな。そして知られないようにしろ」
「えー、どうして?」
魔力のない世界に生きる人は当然魔法を使うことができない。魔法を使えるということはそれだけで優越感に浸れる材料となる。しかしそれは危険と隣り合わせと言ってもいい。
「俺達の世界にも稀に魔力のない奴がいるのは知っているか?」
「うん」
「そいつら用に翻訳魔法道具の開発でずいぶん実験が行われたらしい」
「実験?」
「魔力のない人間にも翻訳魔法が使えるように、だ。実験の詳細は知らないがけっこう長い機関研究を行ったらしい」
「へぇー」
「興味は持たなくてもいいから聞く耳は持て。いいか、魔力のない世界で魔法が使えるって知られたら、どうなるかわかるか?」
「どうなるの?」
「魔力と魔法について研究が始まるだろうな。そしてそれができる俺達は当然研究のために追いかけ回されることになるだろう」
場合によれば拘束されて逃げられないようにされる可能性もある。まだこの魔力のない世界を詳しく知らない。どんな危険が待っているのかわからないのだ。
「それ嫌だー」
「だろ? だから魔法に関しては極力知られないようにするんだ。わかったか?」
「はーい」
くどくどと真剣に言えば、こうして通じることもある。手間と時間はかかるが、この魔力のない世界において、俺以外で唯一魔法について知っているのはカノンだけ。そして幼馴染みと言うことで距離が近いのもカノンだけだ。なら、こいつが不用意不注意に何かをしでかさないようにしなければならない。長い付き合いのこいつを見捨てるわけにもいかない。
それにカノンの身に何かあれば当然俺にも危険が及ぶ。その逆もしかりだ。だから身を守る最大の工夫は、魔法を使えることを知られないこと。これ以上の危機回避策はおそらくない。
この世界にはすでに俺とカノンは存在していることになっている。魔法のことにさえ気を配っていれば、余計なことはせずとも平穏には生きていけるだろう。
「あ、コウ。見てよ。箒が売ってあるよ」
「ん? ああ、そうだな」
横道に入ったところにある店の店頭。そこに箒が売られている。カノンがその店をじーっと見ていた。
「飛びたいから箒買おう」
「人の話を聞いていたんじゃなかったのかよ」
元気のいい返事を確かに聞いたはずだが、返事を聞いたはずの俺の記憶が間違っているのか。一瞬そう思ってしまう。
空を箒で飛ぶ。どう考えても目立つ。よっぽど身に危険が迫ったとき以外は許されるものではない。魔法がばれる危険性が高すぎるのだ。
「いいか、もう一回言うぞ」
「え? あ、うん」
「チラチラ箒を見るな。まずは俺の話を聞け」
俺はこいつに理解させようと、もう一度同じことを言い聞かせる。理解していなければこいつはいつか平気で空を飛びそうだし、ちょっとしたことで破壊魔法をぶっ放しそうだ。同い年の幼馴染みのはずなのに、保護者と子供のように俺は言い聞かせた。
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