第11話
★コウ
カノンが次に興味を持ったのは木々に囲まれた建物だった。
「ねぇねぇ、これなんだと思う?」
「さぁな。ここだけ周りに木がたくさんある」
建物へ近づくには扉のない赤い門をくぐらなければならないのだが、この門に何の意味があるのか皆目見当がつかなかった。
扉のない赤い門をくぐった先には、今まで見てきた建物とは雰囲気の違う建物が建っている。木を中心に作られており、何の意味があるのかよくわからない飾りもある。
「じんじゃ? 神様のお社、か。どうやら宗教施設みたいだな」
「宗教施設? 教会みたいな感じ?」
「おそらくそうだろう」
教会とは外観が大きく違う。しかし歴史がありそうなのは一目でわかった。
「あ、誰かいるよ」
カノンが建物の前を指す。そこには女性二人組。建物の前で手を叩き、頭を下げて、なにやら熱心に祈っているようだ。しばらくすると女性二人組が出入り口となる赤い門をくぐって出て行くために俺達の側を通過する。
「ここ、すごいパワースポットなんだってね」
「うん、私もこれで運気アップだよ」
「いい彼氏が見つかるといいね」
「うん、今日の合コン頑張ろう」
女性二人組は赤い門をくぐって出て行った。それにより敷地内には俺とカノンの二人だけになった。
「どうやら、ここはこの世界ではすごい場所らしいな」
「へぇ、そうなんだ。全然わかんないけど」
見た目でなんとなく歴史がありそうなのは伝わってくる。しかし何がどうすごいのかまではよくわからなかった。
「ねぇねぇ、こっちの世界の神様に会えるかな?」
「どうやって会う気だ?」
「探索魔法で探してみてよ。もしかしたらいるかもよ」
「魔力のない世界で探索魔法を使っても無駄だろ」
「わかんないよ。神様を見つけられるかも」
だったら自分で探せよ、と言いたいが言ってもしかたがない。カノンはこの手の補助魔法は大の苦手だ。いや、使うことにほとんど興味がないと行った方が正しい。カノンは破壊魔法や移動魔法などを好んで使う。破壊魔法は何かをぶっ壊してすっきりするからで、移動魔法は単純に歩くより魔法で移動した方が楽だからだ。
よって必要になったときは俺が代わりに使う。破壊魔法や移動魔法はカノンのように使えないが、治癒魔法や補助魔法には少し自信がある。
「魔力のない世界だぞ。何も見つかるわけ……」
探索魔法で神社という宗教施設の内部を探索してみた。すると、この世界に来てカノン以外で初めて魔力を感知した。
「ま、魔力がある?」
「え? ほんと? どこ? どこなの?」
魔力を感知した場所を目指す。進む俺の後をカノンがぴったりとくっついてくる。
「この建物の奥の方だな」
さっき女性二人組がなにやら熱心に祈っていた建物の奥。そこに魔力を宿した何かがあることは間違いない。それも地面埋まっているなどではなく、建物の中に置いてあるようだ。
「奥だね」
カノンがいきなり建物の中に入ろうとする。それを俺は止めた。
「止めろ。さっきの二人も中までは入らなかっただろ?」
「えー、でもそれじゃあ魔力の根源が何かわからないじゃない」
「そうだけど、それでも勝手に入るのはダメだろ」
宗教施設で下手なことをすれば痛い目に遭う。宗教の種類によるが、最悪命を落とすことも覚悟しなければならないこともある。宗教施設と宗教家を相手にするときだけは慎重すぎても困ることはない。
「おや、どうかしましたか?」
この宗教施設を管理している人だろうか。町中にいる人とは明らかに違う姿の男性が歩み寄ってきた。
「あ、えっと……この建物の奥に何か特別なものっておいてありますか?」
カノンが諦めそうにない。何か情報があれば諦めてくれるかもしれない。よって俺は宗教施設の関係者らしき男性に聞いてみることにした。
「建物の奥ですか? 特別と言えるのはご神体だけですかね」
「ご神体?」
「ええ、神社では神様を祀っておりまして、その神様が宿っているのがご神体です」
神様が宿っている。そう聞いてなるほど、と納得ができた。おそらくこの世界には魔力がない。そこに魔力を宿した何かしらの物が特別視され、ご神体という神様が宿るものとされるようになったのだろう。
「そうなんですか。ところでそのご神体とはどういうものですか?」
「申し訳ありませんがそれはお答えすることができません」
「そうですか。わかえりました。ありがとうございました」
宗教関係者はぺこりと頭を下げると、俺達の前から歩き去って行った。
「ねぇ、コウ。ご神体って?」
「魔力の宿った何かしらの物だ。それがこの世界では特別視されているらしい」
魔力のない世界で魔力を持っている。それは神様に匹敵するくらい特別なことなのだろう。魔法が使えるだけで多少なりとも優越感を感じられるとは思いもよらなかった。
「へぇ、そうなんだ。すごいね。それでパワースポット?」
おそらくご神体と呼ばれるものに宿った魔力が、やってきた人達に何らかの影響を与えるのかもしれない。
「魔力が感じられない世界にドスいて魔力の宿ったものがあるのかな?」
「……言われてみれば、そうだな」
魔力を宿したものなど珍しくなかった。だから疑問に思わなかったが、この世界で魔力を帯びたものがあること自体が異様。そしてそれがなぜご神体として祀られているのかもわからない。この世界の人間は魔力を感知することができないはずなのに。
「なぜ魔力の宿ったものがご神体となっているかはわからないが、魔力の宿ったものがこちらの世界にあるのはなんとなくだがわかる」
「え? ほんとに?」
「ああ。俺達がこの世界で目が覚めた時、着ていた服はそのままだっただろ?」
「うん」
「その服には魔力が宿っている。俺達の世界から来たもので、間違いなく俺達が着ていたから当然だ」
「おぉ、そうだね」
「つまり、もしかすると俺達以外にもこの世界に来てしまった人がいるかもしれない」
「おぉ、なるほど」
魔力の宿ったものは、俺達と同じようにこの世界に来てしまった人が持ち込んだ。そうだと考えれば何もおかしな点は無い。そしてそうだとすれば、俺達以外にもこの世界に来てしまった人達がいるはずだ。なら、その人達を探せば元の世界に戻る方法の手がかりが見つかるかもしれない。
「これで元の世界に戻る方法の手がかりくらいは見つかりそうだな」
俺達は昨夜、洞窟内で見つけてしまったアレをなんとしても早く知らせなければならない。今日や明日、すぐに同行することはないかもしれない。しかし長い目で見て、放置しておくことはできない。
「えー、元の世界に帰るの?」
カノンが明らかに不機嫌な表情を見せる。どうやら元の世界に戻る気はないようだ。それほどこの世界が気に入ったのだろうか。
「おいおい、少なくとも昨日見つけたアレを報告しないといけないんだよ」
「うー、嫌だ。カノンちゃんは帰らないもんね」
カノンはどうやらこの世界が気に入ったようだ。
「まぁ、手がかりをまだ探す段階だ。すぐに帰ることが出来ると決まったわけじゃない」
まずはこちらの世界に来ている俺達と同じ世界出身の人を探さないといけない。誰でもいいから、一人でも見つけないと話にならない。そして探すには手間と時間がかかるかもしれない。こちらも一朝一夕でなんとかできる問題ではなさそうだ。
「カノンちゃんはこの世界にいたいよ」
まだこの世界のことをほとんど知らないはずだが、カノンはどうやらもうこの世界に永住する気でいるようだ。おそらくこいつの頭の中では過去に呼んだ創作物の影響が大きいのだろう。
「ん? 創作物?」
魔力があるのが当然の世界に突如として現れた。魔力が全くない世界の物語を書いた本が出回ったのだ。それは新鮮で斬新で、ベストセラーとなるのに疑問はない。だがなぜ急に出回ったのか、それを考えると思い当たることは一つ。
「あの作者はもしかしてこの世界に……」
魔力のないこの世界にやってきて戻った。もしくはこの世界から俺達がいた世界にやってきた。それなら何の前触れもなく突如前例のない作品が現れた理由にも納得がいく。
「そうだ。なんで気がつかなかったんだ。ごく稀に突然変異のように魔力を持たない人が発見されるという噂を聞いたことがあった。その人達用は翻訳魔法が通用しないから、魔力を持たない人達にも対応できる翻訳魔法道具の開発の話も聞いたことがあったじゃないか」
情報というものは知らない間に耳にしていて、いつの間にか頭の中にあった。しかしそれに気付く材料がなければただの情報。情報は気付きの材料と合わさって、初めて考えついたものになる。
「コウ? どういうこと? よくわかんないよ」
思い至った内容をカノンにどう話していいものか悩む。こいつは多くのことを一度に話してもなかなか飲み込んでくれない。興味がある内容ならあっという間に理解してしまうのだが、興味のないことなら話の途中で寝てしまう。
「あー、つまりだな。お前が大好きな作品を書いた作者の出身地はこっちの世界だったかもしれないってことだ」
多くは語らない。カノンが理解できそうなことだけを言うことにした。
「え? ほんとに?」
目が輝いている。とんでもなく興味がわいたらしい。
「それならなおさらこっちの世界を見て回らなきゃ!」
そう言うと突如として走り出した。時間に追われるように、そして何かを探すかのように、カノンは瞬く間に扉のない赤い門をくぐって出て行ってしまった。
「あのバカ、ちょっとは追いかける方の身にもなれよ!」
興味がないよりはある方がいいし、やる気がないよりはある方がいい。しかしあいつはその加減が完全に壊れてしまっている。露骨に興味を持ったのなら、一人で突っ走らせるのは危険だ。
俺は走り去っていったカノンの後を追い、赤い門を駆け抜けて宗教施設を後にした。
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