第8話

☆三南航星


 こぢんまりした部屋にテーブルと椅子が置いてある。席に着くと修道女が料理を出してくれた。野菜のスープとパン。見事なまでに肉食を排除した料理だった。

「ねぇねぇ、お肉は? お肉はないの?」

「やめろ、カノン。肉を食ったらダメなのかもしれないだろ」

 宗教にも色々ある。食べるものに制限がないところもあれば、牛や豚がダメなところもある。宗派によっても良し悪しは様々だったりする。もし肉食がダメな宗教だった場合、肉を催促するのは失礼だ。

「あ、いえ、肉食を禁じてはいないのですが、食べられる日や時期が定められていまして、今は肉の貯蔵はないのです」

 宗教施設に来て何でもかんでも好き勝手に食べられると思う方が間違っているのだが、カノンは相変わらずで「えー、お肉ないの?」と残念そうにしている。わがままを言うカノンに「すみません」と謝る修道女に申し訳ない。

「文句を言うな。食べられるだけありがたいと思え」

「はーい……」

 肉がないことに不満そうなカノン。しかし空腹には勝てず「いただきます」と、素早くスプーンを手に取って野菜スープを食べ始める。

「うーん、薄味?」

「健康食だと思え」

「ねぇねぇ、塩か胡椒ない?」

 俺の言葉は完全に無視された。まぁ、いつものことだ。

「少し待ってください」

 修道女は小走りで一度部屋から姿を消し、ペットボトルくらいの入れ物を持って帰ってきた。何から何まで申し訳ない。

「調味料をお持ちしました」

 入れ物がカノンの手元に置かれる。調味料とは聞いたが、塩なのか胡椒なのかそれとも全く違うものなのか、入れ物には書かれていなかった。

「わーい」

 カノンは確認もせずにスープに調味料を振りかける。どうやら粉末のようだが、それを結構な量を味見もせずにかけまくっていた。

「その調味料は塩ですか?」

 俺の問いに修道女は首を横に振る。

「いえ、それらの調味料は濃い味付けにしますと健康を害します。ですがこの調味料はいくらかけても身体に悪影響はありません。味の好き好きで量を変えても、全ての人に平等で健康に差がない、素晴らしい調味料です」

 調味料のことはわかった。しかしどのような味がするのかは皆目見当がつかない。

「それで、その調味料の材料はなんですか?」

「キノコです」

「へぇ、キノコですか。健康には確かに良さそうですね」

 キノコが材料だと聞いて健康に悪いイメージは浮かばなかった。

「はい。近年の進んだ魔法学により生み出されたキノコ、その名も『マジックマッシュルーム』です」

 前言撤回、とんでもなくヤバいもののような気しかしなくなった。

「うおぉっ!」

 野菜スープを一口食べたカノンが突然吠えた。そして一気に水を飲む。

「おぇ……何、この味……不味い……」

 カノンの表情からあまりの不味さが見て取れる。俺はかけなくて良かった。

「苦いのか辛いのか臭いのか酸っぱいのか塩っぱいのか甘いのか……」

 とんでもなく複雑な味がしたようだ。

「うぅ、こんなの食べられないよ」

 カノンがそう言って野菜スープを遠くに追いやる。しかしすぐに修道女の手でカノンの目の前に戻された。

「当教会では出された物は毒では無い限り全て食べるのが原則です」

「え? だって不味いもん」

「それはご自分が調味料をかけすぎたせい、つまり自業自得ですよね」

「え? でも……」

「我らの主よりいただいた食べ物を粗末に扱うことは許しません」

「そ、そんなぁっ!」

 涙目のカノンがこちらに助けを求めてくる。もちろん俺は目をそらした。

 修道女の言うことは何も間違ってはいない。宗教的観点を無視しても。今回はどう考えても自業自得。カノンには自分のやったことの責任をしっかりと果たして貰い、今後は少しマシになってくれることを祈るとしよう。

「さぁ、残さず食べてくださいね」

「い、いやだーっ!」

 学校給食を残って最後まで食べさせられるかのような光景。残すのを許さない修道女先生とカノン生徒。そんな風に見えた。

「カノン」

 俺の呼びかけに、あいつは助けてくれてありがとうと、事後承諾のような視線を向けてくる。いつもそうだ。あいつが何かをやらかせば、俺が出て行ってフォローしたり尻拭いをしたり、最悪俺だけが傷ついたりしてきた。

 あいつが正義の味方にはまっていた小学生の頃のことはよく思い出す。上級生が下級生をいじめている場面に出くわし、カノンの奴が正義の味方だと見得を切って上級生にケンカを売るのだ。だが実際にケンカをするのは俺で、ボロボロになりながらなんとか上級生三人を一人で退けた。もちろんあいつは無傷。

 そんな思い出があるからだろう。俺はカノンの視線に率直な思いを言葉にして返す。

「頑張れよ」

 自分で見ることはできないが、俺はたぶんとんでもなく清々しい笑顔をしていたことだろう。一方、カノンは毎度毎度見慣れた絶望感に溢れた表情をしていた。

 俺はカノンから視線を自分の前に置いてある野菜スープに移す。薄味だが美味しい。わざわざ濃い味にする必要はない。

「くらえーっ!」

「は?」

 次の瞬間、俺の前にあった野菜スープが粉まみれになった。スープで溶けきらない粉が山となってスープの上に積み上がっている。

「お前、何してんだよ!」

「死なば諸共!」

「お前の自業自得に付き合わせるな!」

 カノンが調味料の蓋を開け、俺の野菜スープに残りの調味料全部をぶっかけやがった。あいつが使用した量をはるかに超えている。もはやこれは野菜スープではなく、ただの調味料の山だ。こんなもの、食えたものではない。

「えっと……」

 カノンのこの暴挙はさすがに計算外だったのだろう。修道女はしかる側にいながら言葉が出てこないようだ。

「コウ! さぁ、食べてみよう!」

「食えるか! 野菜スープと追加の調味料の割合がおかしいだろ!」

「美味しいかもしれないよ!」

「これだけ山盛りの調味料がうまいわけねぇだろ!」

 山になった調味料と対応に困る修道女をそっちのけで、俺とカノンはしばらく言葉の応酬を繰り返すのだった。

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