第7話

★コウ


 目覚めた部屋にあるタンスの中に服があった。まるで自分のために用意されたかのようにサイズがぴったりの服だ。重さはあまりなく、機能性には富んでいるものが多い。その中から適当に動きやすそうな服に着替えた。

 魔力の存在しない世界。着ている衣服も魔力を一切帯びていない。試しに魔法で衣服の硬度を高めてみた。しかし魔力自体が衣服にはない。俺の魔法は無意味に空を切って終わる。

 だが、全く何もできないというわけではない。魔力がないのであれば、こちらから魔力を流し込んでやればいい。魔力を貯めておくことはできないが、一時的に魔力を帯びている状態にすることは不可能じゃない。

 今まで魔力を意識したことはなかった。だがこの世界魔力のない世界で魔力を用いることで、魔力とは目に見えず触れることもできない水のようなものだと思うようになった。

 この世界にはありとあらゆる物質に魔力をとどめておく器がなく、魔力という水を流し込むと流れていってしまう。しかし衣服はいずれ乾くとはいえ濡れている時間があり、完全に水が流れ去っていくまでにも多少時間がある。その短い間でなら、魔力を帯びているものとして魔法の影響を受け付けてくれる。

「まぁ、魔力の消費が段違いに多いから使い勝手は悪いけどな」

 常に魔力を帯びているのが当たり前の世界で使う魔法とは違い、魔力のないこの世界での魔法の行使は桁違いに消費する。疲労も大きいし、おそらく回復にも時間がかかることだろう。何が起こるか予測はつかない中、魔法の使用は最小限にとどめておく必要がありそうだ。

「コウ! 大変だよ!」

 ドタドタと慌ただしい足音とともにカノンが階段を駆け下りてくる。パンツだけという意味不明な姿で……

「なんだ?」

「パンツのサイズがぴったりだよ」

「わかった、わかったからさっさと上も着てこい」

「あ、うん」

 やかましく階段を駆け上っていく。音を聞いているだけでため息が漏れそうだ。

 この世界がどういう経緯で存在しているのかはわからない。目が覚めた自店で俺達はこの世界にいて、この世界にいた俺の母親は俺をしっかり認識しているし知っている。外で出会った三人の様子から魔法に対する知識が何も無いのがわかった。

 俺達を除いて世界が魔法のない世界となった、かもしれない。魔法のない世界にも俺達がいて、そこに俺達が入れ替わるように現れた、かもしれない。そして俺はまだ魔法によって幻惑の世界にいる可能性を捨てきったわけではない。

 元の世界に戻らなければならない。だから魔法のない世界にやってきて安穏としているわけにはいかないのだ。

『次のニュースです。都内の工場で放置されていたプロパンガスが爆発。建物の損傷は大きいですが、幸いにも怪我人は出ませんでした』

 魔力がない世界なら、魔力を用いないで様々なものが動くはずだ。その考えを元に様々なものを触ってみた。そして突如黒い平面に人が映り話し始めた。映写魔法と似たことが魔法無しで可能となっている。どういう原理かわからないが、ちょうどニュースの話題だったので情報収集がてら聞いていた。

「まるで爆発系の破壊魔法だな」

 大きな建物の半分が跡形もなく吹っ飛んでしまっている。その原因となったであろうものの大きさを説明している。グレーの丸い大きな塊で、プロパンガスというらしい。それが爆発を起こしたら大きな被害が出た。魔法なしであれほどの爆発が起こるというのはにわかに信じられなかった。

「コウ! 見てよ!」

「こんどはなんだ?」

 ドタバタと慌ただしく駆け下りてくる。カノンは俺の目の前に来るなりくるりと回転。衣服を見せたいのかと思いきや、いつの間にか長くなっていた髪の毛がふわりと舞う。

「綺麗でしょ」

 どうやらカツラのようなものを見つけて装着したようだ。それはいい。興味を持ったら一直線に動くのがカノンだ。こいつの性格を考えたらまだ理解はできる。

「そんなことより、さっさと服を着てこいって言ってるだろ」

 さっきのパンツのままの格好だった。女なのだからせめてそこくらいは隠せ、と心の中で重いながらため息が漏れた。

「あっ! 忘れてたよ」

 カノンはまたドタドタと階段を駆け上がっていく。また、俺はため息が漏れる。

 この世界のこの家はおそらくこの世界の俺目線で言えば我が家なのだろう。そこに当たり前のようにカノン用の部屋があって、カノン用の衣服が置いてある。当たり前のように俺の家にやってきては入り浸っているカノンにための対応策。まるで元の世界の我が家と全く同じだ。

 俺とカノンは血が繋がっているわけでも何でもないが、気がつけば我が家にカノンの衣服が置いてある。いつものように入り浸っている。あまりにも当たり前すぎて違和感がないくらい、だ。

 世界が変わっても、そこはかわらないらしい。

「コウ! 大変だよ!」

「あー、もう。 今度はなんだ?」

 家を出るまでにずいぶんと時間がかかる。女は準備に時間がかかるとよく言うが、あいつの場合は真面目に準備をしていないうえに時間がかかる。俺の返答も少々語気が荒くなっているかもしれない。

『次のニュースです。政府与党の対テロ事案対応法を巡り、今日も国会は大荒れです』

 俺とカノンのやりとりなど関係なく、魔力を使わない映写魔法では引き続きニュースの話題が続いていた。

 結局、カノンの出発の準備が終わる頃には、ニュースは見知らぬ人達が笑いながら食べ歩きをしているところに変わっていた。

「あっ、お肉だ! 美味しそう!」

 リンゴにリンゴパイに野菜や果物と、たくさん食べてきたはずだ。しかし食欲は満たされることはなく、鮮明な食べ物を見ると即座に反応していた。

「あんなに食っただろ」

「お肉は別だよ。あっ、あっちのお肉も美味しそう!」

 結局食べ歩きが終わるまで、家を出ることはできなかった。

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