第21話
「皆、よく集まってくれた。明日の作戦の概要を説明するにあたって、まず紹介する人がいる」
全員で起立して、教官長の言葉を受けていた。教官長の隣に佇む、黒衣姿の見慣れぬ青年に、皆少なからず緊張しているようで、少しばかり空気が張り詰める。
「こちらは、『白』に所属されている柊晴人先生だ。今回の作戦のサポートをしてくださる。皆、敬意をもって従うように」
「みなさん、どうぞよろしくお願いします」
そう言って端整に微笑む彼に、皆一様に敬礼する。いまだ呆気にとられる私と合崎は、その流れに乗り遅れてしまった。
「合崎! 一条! 聞こえなかったか? 柊先生に敬意を払え!」
身内に対して改まるというのは妙な気恥しさが伴うものだ。渋々、姿勢を正して敬礼する。これで教官長は満足しただろうか。
「では、柊先生より今回の作戦について説明がある。よく聞くように」
きっちりと統制されたように揃う返事の中、私は微妙な気まずさを拭えずにいた。柊がこんなにも深く関わっているとは思いもよらなかった。
柊は表向きのとらえどころのない笑みを浮かべて私たちの前に歩み出る。
「皆さんには、急な捜査に協力していただいて感謝しています。今回挙げた功績は、直接軍の人事部にも伝えられるので、卒後の進路にいくらか有利に働くかと思われます。これをせめてものお礼とさせてください」
優秀な生徒ばかり集まっているだけあって、騒めくようなことはなかったが、彼らの戸惑いを空気で感じた。この学院の生徒は殆どが帝国軍に入軍するとはいえ、やはり配属する部によって待遇の違いというものはどうしても出てくる。
最も人気が高いのは、命の危険が少ない司令部だ。当然狭き門であるが、高給であることも相まって志願するものは多い。特に、ここにいる優秀な生徒たちならば、一度は思い描いた職場のはずだ。
最初に飴をちらつかせてくるとは、柊も質が悪い。合崎も同じ思いだったのか、呆れたような表情で柊を見つめていた。
「明日は、僕も学院の教員に扮して皆さんに同行しますが、見ての通り僕は非戦闘員ですので、僕ができることと言えば、明日、皆さんが『見つけるべきもの』についてお話しすることと、僅かなサポートばかりです」
丁寧な物腰で柊は語り始めた。今日は、軍の司令部の黒衣を羽織っているせいか穏やかなその口調でさえも、厳かに聞こえる。
「明日、皆さんは音森財閥に『企業見学』をしに行きますね? そこで見つけてほしいものは、いわゆる『影』の『三大明証』です。ここにいるような優秀な皆さんなら、『三大明証』を一から説明する必要もないでしょう」
そういうなり、柊は端末から白黒の複雑怪奇な紋章を映しだした。帝国民ならば、誰もが一度は目にしたことのある紋章だ。
緻密にデザインされたその紋章は美術的には素晴らしいのかもしれないが、幼少期からの教育の賜物なのか、一目見ただけで嫌悪感を抱く。見てはいけないものを見てしまっているような罪悪感が込み上げた。
何人かの生徒は思わず目を逸らしていた。人のことを言えた立場ではないが、ただの紋章にここまでの嫌悪感を共通意識として持たせる帝国の教育は、やはり恐ろしい。
「まず、一つ目は『紋章』です。『影』の信者ならば、この紋章が飾ってある礼拝所のような部屋を持っているはずです。今までの検挙例から見ると、大体は限りなく低い階に設置されています」
柊は、生徒たちを見据えながら淡々と話し続ける。
「ですから、研究所の1階から3階くらいを目安に調べていただきたいと思っています。部屋の存在を確認できた場合には、紋章を画像に収め、直ちに本部へ送ってください」
スノードームの撤廃を訴える「影」にとっては、地上こそが聖地であるため、礼拝所は限りなく地上に近い高さに作られるのだと聞いたことがある。そのため、今まで検挙されてきた信者たちもなるべく低い階に礼拝所を作っていたのだろう。
「二つ目は、『教典』。これは、『紋章』の掲げられている部屋に保管されているのが通例です。同時に見つけられることを期待しています。これも、同様に画像に収めて本部に送ってください」
つまり、礼拝所さえ見つけてしまえば『三大明証』の内の二つが揃ったも同然なのだ。三つの明証をばらばらに探すよりは、いくらか楽だろう。
「そして、三つ目は、『抜け道』です。事前の調査によれば、これは地下に作られている可能性が非常に高い。仮に『紋章』や『教典』が見つけられなかったとしても、『抜け道』だけは必ず発見してください。それが最低条件です」
見つけられなければ帰ってこなくてもいいと言わんばかりの勢いだ。帝国のことだ。本当にそのくらいのことは思っていてもおかしくはない。
「『抜け道』については、発見次第、本部と通信を図ってください。位置情報から、未認可の連絡通路であるかどうかを確かめます」
その未認可の連絡通路の先には、何があるのだろう。「影」の本拠地にでも繋がっているのだろうか。
「影」の本部は、帝国の地下に広がる地下都市のどこかにあるとされているが、「白」の技術をもってしても、未だその場所は明らかになっていない。
「以上の三つが揃えば、音森財閥を信者の巣窟として断定できます。――それから、もう一つ頼み事です」
柊は、紋章を投影した半透明のディスプレイ越しに微笑んだ。
「研究所のメインコンピュータのデータを、本部へ転送してください。新たな信者を見つけ出す重要な手掛かりです。メインコンピュータは研究所の最上階にあります」
証拠集めに加えてデータの転送とは、帝国も本当に人使いが荒い。しかも、データの転送任務だけ、他の三つとは群を抜いて難度が高いことは明らかだった。
幾重にも守られているはずのデータを転送することはもちろん、そもそも最上階のメインコンピュータルームへ辿り着くまでが至難の業だろう。学院の生徒に任せるにしてはあまりにも荷が重い。
「あてもなく捜しまわっても効率が悪いので、教官長殿と相談して各班の担当を決めさせていただきました」
半透明のディスプレイに表示されていた紋章が消え、代わりにここにいる生徒たちの名前と所属班の書いたリストが提示される。
「『紋章』の捜索を第一班、第二班。『教典』の捜索を第三班。『抜け道』の捜索を第四班、第五班。そして――」
ディスプレイの淡い光に照らされた柊と目があった気がした。
「第六班には、『データの転送』をお願します」
抗う術もない。私たちは他の生徒たちに合わせて、敬礼をし、了承せざるを得なかった。
「僕は、『白』代表として、ちょっとした講演会を行う予定です。その講演会が終わった後には、三階から地下にかけて配置されている研究室の研究者を対象とした、意見交換会を行います。全員というわけにはいかないでしょうが、人が少なくなる分、いくらか行動を起こしやすくなるでしょう」
柊のことだ。きっと巧みな話術で、研究員たちの気を引くのだろう。彼には相応しい役回りだ。
「それから、講演会と並行して、監視カメラにハッキングし、ぴったり10分間、映像を差し替えておきます。怪しまれないためには、10分が限度です」
10分以上の映像の差し替えも、技術上は可能なのだろうが、講演会から戻る大勢の研究者たちがカメラに映らなければ確実に誰かは気づくだろう。柊の言っていることはもっともだった。
「分かっているとは思いますが、この10分間が肝です。ですが、逆に言えば、この10分間で『三大明証』を見つけてしまえば、皆さんの功績は約束されたようなものです。なぜなら――」
柊はにこりと意味ありげな笑みを浮かべた。色素の薄いその瞳と、余りにも整ったその微笑に寒気を覚える。
「――帰り道に人間はいませんからね。皆さんの邪魔をする者がいれば、好きにしていいんですよ」
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