短編

緑青

曖昧な幼馴染

 出来損ないの僕なんてと苦く笑う横顔に、あの頃の、16歳の私は何を言えただろう。

 なんて、言葉をかけたらよかったんだろう。


 夕日の差し込む教室で、あなたと私の二人だけ。

 遠くに聞こえる吹奏楽の演奏と、賑やかな笑い声は私たちの間を素通りして、でも二人の間には言葉はない。

 ただ、微かな呼吸音と衣擦れだけ。

 私たちの耳に入ってきたのは、それだけだった。

「優貴。……僕は結局、なんで生きているんだろう」

「……光、死にたいの?」

 何故かそうきいてしまっていた。

 光は痩せて青白い顔を少し赤くした。

 まるで図星だ。その曖昧な表情にイラッとして、私は机を引きずって出来ただろう傷のついた床を、爪先で蹴った。

「……光は逃げていただけじゃん。今日だって、担任に呼び出されたから登校して来たんでしょ」

「うん。……学校に行くより、勉強したいことがあってね」

「何それ」

「……優貴、怒ってるの?」

 さっきまでの頼りない笑顔が、呆れた顔になっていて困惑した。

 不登校の方が、ちゃんと学校に来ている私と比べて大変なはずなのに、どうして光が私を──そんな、可哀想な目で見るんだろう。

「優貴。僕は大丈夫だよ。優貴と同じクラスで過ごせなかったのは残念だけど、でも……。ありがとう」

「──……」

 清々しいほどの光の笑顔に、私はついに言葉を尖らせるのもやめた。

 一年分の私と光の距離が、思っていた以上に遠い。

 光の方が先に大人の階段をのぼって、私を置いてけぼりにしたかのようで、私の顔が、曖昧に笑みを浮かべたのを感じた。

「こちらこそ、ごめんね。光……。ばいばい」

 掠れて少しひきつった声のさよならを、光がどう受け止めたのか。

 その記憶は、今思い出してもはっきりとはわからない。

 ただ、少しかなしそうだったのは、胸の隅に残っている。



end

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短編 緑青 @ryo55

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