8月18日 土曜日 歯磨き粉


 こんばんは。蒼山皆水です。

 ゆずさんの『表裏一体』を聴きながら書いてます。爽やかでかっこいい曲!


 さて、本日のテーマは『歯磨き粉』です。

 突然ですが皆さん、歯磨き粉の妖精ってご存知ですか? え、知らない? では今からお話ししましょう。私と歯磨き粉の妖精の――運命に導かれし出会いを。


 それは、ある夏の日の朝のことでした。眩しい太陽を浴びて起床。眠そうな目を擦ってスマホを見ると、予定していた起床時間を約20分オーバー。半分閉じられていたかわいらしい目はパッチリ見開かれ、私はベッドから飛び降ります。ドシン! そんな、美少女として10000点満点の清々しい朝でした。


 朝ごはんを泣く泣く抜いて、洗顔。そして歯磨きをすべく、歯ブラシを水ですすぎ、歯磨き粉を付けようとして――。

「あ……」

 そこで私は、歯磨き粉が残り少なくなっていることを思い出したのです。


 しかし私はケチな美少女なので、歯磨き粉は最後の最後の最後まで使い切るようにしています。「あ、もう無い……」と思った日から二週間は頑張ります。

 その日もゴリラ顔負けの握力で、私はチューブに思い切り力を込めました。


 すると――。

「うにゅう」という奇声を発しながら、丸っこくて白い生き物が出てきました。

 私は思わず「物理的におかしいやろっ!」とツッコミを入れてしまいました。


 出てきた生き物は宙にプカプカ浮かぶと「うにゅう?」と私を見て言いました。

 くりくりした目に、ゴマのような鼻。数字の3を3π/2だけ回転させた形の口。体はほぼ球体といってよく、背中からは小さな羽が生えています。


 ゆるキャラみたいで可愛いかったのですが、惜しむらくは、髪がアフロだったことです。爆発したようなアフロが、その可愛らしい風貌を全て台無しにしているのです。


 謎の生物は「はじめまして。僕は歯磨き粉の妖精。ガッキーって呼んでね」と言いました。


 私は「は、はじめまして。私は蒼山皆水。毎月50万円くれて、イケメンで、私の趣味に一切口を出してこない、もしくは趣味の近い婚約者がほしい」と言いました。ドン引きされました。


「それで、ガッキーは何のために現れたの?」

 私は尋ねました。


「きみは知らないかもしれないけど、この世界はとても残酷なんだ――」

 ガッキーは、少年漫画で主人公に大逆転負けを喫した悪役が過去編の回想に入るときの顔ような、深刻な表情をしていました。


「歯磨き粉を最後まで使わない人が、この世界には多すぎるんだ。僕たち歯磨き粉の妖精は、9割以上がチューブの中から出ることができないまま捨てられてしまう……」


 なんだ、そんなことか。最初はそう思いましたが、彼(?)にとっては重要な問題なのでしょう。私も、残しておいたピノの最後のひとつを彼氏に食べられたら激おこぷんぷん丸ですし。彼氏はいないので食べられる心配はありませんが。


「だから、こうしてチューブから出て来られて本当に嬉しい。ありがとう。みなみちゃん」

 それはもう、見る者すべてを虜にするような、無邪気な笑顔でした。


 それからガッキーは語りました。

 彼の妖精としての全てを。

 生まれた瞬間から今までの記憶を。


 私はまったく興味がなかったのですが、最後まで聞いたらいいことがありそうな雰囲気を感じ取ったので、職場のおっさんからのセクハララインギリギリの一方的なおしゃべりで修得した無意識的な相槌を発動させ、表面上はにこやかに聞きました。


「そんなわけで、工場でチューブに封入された僕は出荷されたんだ。誰かが、ゴリラみたいな握力で捻り出してくれることを祈りながら――僕はお店の棚で、運命を待っていたんだ」


 きっとガッキーが妖精だというのは、本当のことなのでしょう。こんな素敵な笑顔を浮かべることができるのは、妖精か天使か蒼山皆水くらいですからね。ね!


「そして僕は、みなみちゃんに出会った。みなみちゃんが僕を、この暗闇チューブから救い出してくれたんだ。改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう」


「うんうん。良かったねぇ。良い話だねぇ。私、涙が出てきちゃった」

 主に退屈と眠さのせいで、ですが。


「わかってくれて嬉しいよ」

「うんうん。で?」

「で?」

「何がもらえるの? 500万円? 素敵な旦那? それとも永遠の幸せ?」


「みゅみゅみゅ?」

 いきなり豹変した私の姿に、ガッキーはアフロを盛大に爆発させて驚きました。

 あ、そのアフロ、爆発するんだ。と私は思いました。


「も、申し訳ないけど、何もあげられないんだ」

「チッ」

 私は、わざとガッキーに聴こえるように舌打ちをしました。


 さて。時計を見ると、いつもは電車に乗っているはずの時刻を示していました。今から出れば始業時間には間に合うかもしれませんが……。すっぴんでも十分に美少女なので、メイクはどうでもいいとしても、パジャマで職場に行くのはさすがにできません。完全に遅刻です。


「どうしてくれるの。あなたのせいで遅刻よ。減給されたら、その分、責任を取ってくれるんでしょうね。ええ? 私の月給は100万よ?」

 私はガッキーに詰め寄りました。責任転嫁。弱い者いじめ。虚言。そうです。私が最低の大人です。


「うみゅう。みなみちゃんがこんなに悪い人間だったなんて……。僕は悲しいよ」

「なんとでも言いなさい。一生独身を覚悟した私に、怖いものなんて何もないわ。うふふふふふふふふ!」

 残念な美少女の笑い声が、高らかに響き渡りました。


 めでたしめでたし。


 私は何を書いているんだろう……。

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