21

 奇妙な感慨があった。

 カウンターの陰に身を隠すこの哀れな老人を、おれは追いかけてきたのか……悪魔だの鬼だのと呼ばれ、過去から未来、未来からまた過去へ、時空の通路を抜け数百年のスパンでずっと…… 〈永い〉、〈永い〉旅だった……それも、もうここで終わる――

 〈彼〉はボトルを手にカウンターを出て、窓際の椅子に掛けた。ふわっと埃が舞い上がる。

「とうとうここまで来たか。まずは褒めてやろう」〈彼〉の声はしわがれていた。

「この日を夢にまで見たよ、じいさん」

 〈彼〉はボトルの口を咥えて酒を呑んだ。

「しつこい奴め。わしに何の用だ」

「責任をとってもらうのだ」

「責任? ホホ、何の責任か」

「こんなできそこないの世界を創り出した責任だ。生きるために苦しまねばならなかった生きものたちに対する罪を、償ってもらう」

 銃口を向けられながらも、〈彼〉にひるんだようすはない。

「窓の外を見るがいい」〈彼〉は言った。

 汚れがこびり付いて曇ったガラス窓のむこうに、荒れ果てた大地が続いている。黄色く濁った大気は、無気力な風のせいで澱んだまま。

「世界は衰弱してしまった。わしに想像を支える力がなくなってきたからだ。若い頃は、輝かしい王国を築こうとしたこともあった。人間どもは皆ひれ伏した。それがこうして銃を突きつけられるとは……歳をとったものだ。おまえ、わしを憎んでいるのか?」

「憎んで、いる」

「記憶は消去されているんじゃないのか?」

「細かいことは忘れちまった。だが、憎しみだけはそのままにしておいてもらったよ」

「ふん。便利なものだな、デク人形め。おまえの親兄弟、妻子、友人、みな悲惨な運命をたどり、非業の死をとげた。それはすべて、わしのせいだと言うのだな」

「そのとおりだ」

 〈わたし〉はブラスターをゆっくり上げ、老人の眉間に照準した。過負荷に銃身がうなる。出力は最高レベル。ダイヤモンドさえ蒸発する。

「殺すのか? おまえは、わしの想像の産物にすぎないくせに……」

「死ぬのが怖いか? 生きものたちは、そうやって恐怖に震えた。十秒待ってやる。逃げろよ」

 期待に反して〈彼〉はおちついている。

「銃を向ける存在を、自分自身が望んでいたとはな…… 宇宙のすべては、この頭の中にある」〈彼〉は自分の頭を指さす。「宇宙は、わしが想像しているだけのものだ。わしを殺せば、その瞬間、すべては消滅する」

「それでいいじゃないか。おれは、もう、疲れた……」

「おまえの子供も消えてしまう」

「子供? 子供はとっくに死んでいる。そう聞かされた」

「あらゆる可能性のレール上を走る宇宙の中には、子供の生存している宇宙もある。どうだ、そこへおまえを送ってやろうじゃないか。まっさらな記憶でやり直したらどうだ。妻も子も、友人も、みんないる。幸せな人生を用意してやる」試すような上目遣いで言う。

「……」

「それでも、わしを撃つか?」

 〈わたし〉は意外だった。感情は鎖に縛られたごとくに制御されている、はずなのに—— 

 ブラスターを構えた腕は、少し震えている。

 老人は、またボトルの口を咥えた――

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