20 荒野で呼ばわる


               *


 地平線の果てまで荒野が続いている。赤茶けて艶を失った砂地。力のない風が弱々しく吹き過ぎてゆく。空はおそろしく低い。紫色の雲が覆いかぶさり、ところどころがしずくのように垂れ下がっている。この世の光景とも思えない。

 世界は衰弱していた――

 〈わたし〉の前には、鋼鉄の残骸が山になっている。たった今〈わたし〉が壊滅させた、最新鋭兵器の一個師団だ。すでに敗軍の将となった者が指揮する部隊など、〈わたし〉にとってものの数ではない。ハルマゲドンは、あまりにもあっけなく終わった。

 特殊ヘルメットとメタル繊維の戦闘服に身を包んだ〈わたし〉の姿は、いったい何に見えるだろう?

 〈わたし〉は鬼だ。悪魔だ。破壊の使者だ。破壊だけを目的として造られた、高性能サイボーグなのだ。常人並みの体格しかもっていないが、胸の下に張られたパワーポリマーの大胸筋は、戦車を引き裂くくらいの力は軽く発揮する。攻撃態勢に入ったときのスピードは超音速。そして、腰のホルスターに収まっているブラスター。この頼もしいやつは、いかなる物質も粉砕してしまう。

 〈わたし〉に過去はない。過去は記憶から消去されている。自ら志願したのだ。過去は忌まわしすぎた。どんな過去だったのか、もはや〈わたし〉にはわからないが。

 〈わたし〉はただ任務を遂行するだけ。それは〈わたし〉の復讐でもある。いや、〈わたし〉の復讐を〈本山〉が利用したともいえる。

 〈わたし〉の復讐とは、このできそこないの世界を造った者を処刑することだ。そして〈本山〉が〈わたし〉に与えた任務とは、神を殺すこと。復讐と任務とは一致した――

 砂を蹴った。ひと跳びで百メートルを跳躍した。

 一個師団の残骸を越えると、見渡すかぎり何もない。ただ荒地が拡がっているだけ。しかし〈彼〉はすぐ近くに潜んでいるはずだ。とうとう追いつめたのだ。

 〈わたし〉は、視界を超光学スキャンに切り替えた。色調が変化し、亜空間まで見透かせる。顔をめぐらせて目標物を探した。

 右手数十メートル前方に、空間の歪みがある。

 そこか。

 視界の解像度を上げた。

 空間の歪みに隠れて廃屋がある。

 〈わたし〉はブラスターを抜き、全身をシールドで覆った。空間歪曲同調回路――ON。

 ゆっくりと歩を進めた。

 突然、廃屋から、うなりをあげて光球の群が飛来する。高密度エネルギー球のシャワーだ。が、それは〈わたし〉の躰に届くことはない。三メートルほど前方のシールドに遮られ、白熱した火花をあげている。身をかわす必要もない。

 ずいぶん力が落ちたものだ。

 〈わたし〉は〈わたしの敵〉に同情した。

 数世紀前に初めてまみえたとき、このエネルギー球の威力は凄まじく、シールドは何の役にも立たなかった。あやうく蒸発させられるところだったが。

 ブラスターを構え、出力を絞ってトリガーを引いた。

 ヒュン、と小気味よい音とともに銃口から閃光が走り、廃屋の扉を粉々にした。

 ふいに、エネルギー球の攻撃は止んだ。

 ポーチの段を上って廃屋に入った。

 中はうす暗く、床板が今にも抜け落ちそうにギイギイ鳴る。次の間に続くドアを蹴ると、蝶番ごとふっとんで壁にぶつかり、バラバラに砕け散った。

 次の間はホームバーになっていた。木製のカウンターがあり、奥に棚、そこにボトルが数本載っている。 

「いるんだろう? 出て来いよ。それともカウンターごとふっとばしてやろうか」

 ゴトリ。音がして、カウンターの下から灰色のローブをまとった老人が現れた。白い髪と髭に覆われ、皺に埋もれた顔。痩せた猿のような印象の小男だ。

 これが、神か……

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