16 地下室

 床の間から下へ隠し階段があるらしい。青木は下りてゆく。そこから顔だけ出して、「ここまで話を聞いたのです。あと少し、最後までつき合ってくれませんか」

 哀願するようなまなざしに、正人は引き留められてしまった。

 地獄から人々を救う方法? そんなものがあるなら、おもしろい、見せてもらおうじゃないか。挑むようにそう思った。

 急な階段が、カビ臭い闇へ続いている。踏み板をきしませながら正人は続く。

 先に下りた青木が電灯を点けた。

 地下室は八畳ほどのスペース。壁はむき出しの白い土のまま、丸太で所どころ補強されている。床にはゴザが敷かれている。正面の台座に阿弥陀如来像。子供くらいの背丈の坐像だ。光沢のある黒い像。

 隅に文机が置かれ、ノートや本が載っている。机の脇には日本刀が立ててある。

「これ、本物?」

 正人が刀を指さして訊くと、青木はいいかげんに頷いた。

「何のために、こんな――」

「魔除けですよ」

 正人の問いになど耳もかさず、青木は仏像の前に座って合掌した。

 白い土壁の上に、正人は黒ずんだシミを見つけた。何かの飛沫のようなもの。

 はっとした。日本刀と黒いシミとが結びついた。

 これは、血痕?

「青木さん、これ——」

 青木は応えない。経文を唱え、宗教的な陶酔に落ちている。しばらくして読唱は終わり、ようやく正人に声をかけた。

「ここへ来てごらんなさい。あなたにはわかるはずだ」

 呼ばれて、正人は青木に寄った。

 青木は立ち上がり仏像を指さした。「あなたが本物なら、これがわかるはずだ」

「本物? 何のことだ」

 正人には、青木の言うことがさっぱりわからない。指さされた仏像に目をやる。全体から細部に目を凝らす。黒い顔に表情を探す。

 瞬間、頭の芯にくさびを打ち込まれたような衝撃に襲われた。

 その顔。薄い唇が鋭角的に笑った——その顔! それは、幼い頃からもの想いの中に現れてきた、あの仏の顔に間違いなかった。

 あまりの衝撃に、正人は凍りついたように立ちつくした。

〈どんなことからでも人々を救ってやる〉という不敵な微笑みをたたえた仏の顔。想いの内に居た仏を、まさかこんな所で見つけようとは。しかも青木は言った。衆生を救済する手段がある、と。その手段とは、おそらくこの仏像に関わることに違いない――

 持て余すほどの疑問が頭の中を駆けめぐる。正人は蒼ざめた顔を青木に向けた。

 青木は薄く笑っている。何かの期待に目を輝かせながら。

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