13 書院

 やがて青木は我に返ったようにフラリと立ち上がり、衣類をつけはじめた。

 正人は身を退き、先の廊下を曲がって姿を隠した。自室の方の角へ戻るには、距離があり過ぎた。奥へ進む。突き当りは書院。引き戸を開けて滑り込む。青木が毎日籠る部屋に、正人は初めて入る。

 窓から月明かりが射す室内は、壁面のほとんどを書架が占めていた。そこに一分の隙もなく本が詰まっている。

 すごい……

 おびただしい本の群を見廻した。

 すべて宗教書なのだろうか? 

 青木が毎日これらの本を読んでいるのなら、歳不相応な超然とした態度も、なんとなく理解できる気がした。

 ぼんやり書架を眺め廻していたが――突然、その目が止まった。

 宗教書なんかじゃない!

 並ぶ本の背文字を、あわただしく読んでゆく。

 〈カタストロフ――世界の大惨事〉、〈世界拷問史〉、〈人間魚雷回天〉、〈人間が人間に対して/アウシュビッツの証言〉、〈中世の刑罰に見る残虐〉、〈虐められるために生まれた――小児虐待の記録〉……すべてがそのような本だ。人の苦痛を記述したものばかり。〈ヒロシマ・ナガサキ〉と題した写真集や中東の内戦を扱ったグラビア雑誌などもある。

 蔵書は青木一人が集めたものではなさそうだ。かなり古いものが多い。とすれば、ずっと以前から、この寺に住んだ僧たちが収集してきたのか?

 ぞっとした。この寺の恐ろしい秘密に触れたような気がした。

 よろりと後ずさった脚が机に当たる。机上の本立てには、スクラップ帳が並んでいる。

 その一冊を抜き取ってみた。

 新聞や雑誌の切り抜きが貼り集めてある。

 そこに集められたものも、やはり惨劇の記録だった。事故、殺人、心中、闘病……人間の歴史が、あたかも惨劇の歴史であるかのように、貼り付けられた記録たちは語る。拾い読みするうちに、胸が悪くなってくる。最後の頁には、記憶に新しい女児誘拐殺人の記事があった。そこで収集は中断していた。

 突然、背後で部屋の戸が開いた。

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