12 奇怪な交わり

 浄願寺の夜は早い。たいていは八時に、それぞれの寝室へ入る。斎子が忍んで来るのは九時頃だが、その夜は十時を過ぎてもやって来なかった。

 布団の中でまんじりともせずに待ちながら、正人は昼間のことを思い返していた。

 この世が地獄だと言った青木。

 やはり青木さんは、おれと斎子のことを知って怒っているのかもしれない。僧侶だといったところで即席の、たいして歳も違わない、ただの男じゃないか。

 嫉妬に狂って斎子を貪る青木の姿が、唐突に脳裏に浮かんだ。

 床から起き出し、パジャマ代わりに借りた作務衣姿で部屋を出た。

 夜のかなたに伸びる廊下が黒光りしている。足音を忍ばせて進んだ。角を折れて行くと、庫裡と書院をつなぐ廊下が右横から接続している。その手前に斎子の寝室がある。青木の寝室は廊下の接続部を越えてさらに奥だ。

 斎子の寝室からは就寝灯の淡い明かりが洩れていた。襖が閉じきっていない。

 眠っているのか?

 感覚を澄ます。

 真空のような静寂。が、その底に低く漂うものがある。押し殺した、場違いな、昂った気配。

 息を殺して寝室に寄り、襖に顔を寄せた。

 聞こえる。今度ははっきりと。想像したとおり、男と女の蠢きが。

 ――なにが坊主だ。肉は喰えなくても女は抱けるのか。ここが地獄だと? おまえは地獄で何をしているのだ。

 襖の隙間に爪を掛けた。指先が震える。滑りの良い襖は音もたてず、さらに数ミリ開いた。そこに顔をつける。ゴクリ。喉が鳴る。

 布団の盛り上がりの中で、青木が斎子にのしかかっていた。

 青木は喘いでいた。ところが奇妙なことに、斎子は人形のようにじっと横たわっているだけ。青木は苦しそうな顔をしている。肌寒い夜更けに、額に汗が光っている。斎子はそんな男を、冷やかに見上げている。

「ちくしょう……」呪うように言い、青木は掛け布団をはねのけた。

 男と女の白い裸が、弱い灯りの下で露わになる。

 青木は棒状の物を手に取った。

 正人は目を疑った。青木の手に握られた物は、男性を模した性器具だ。

 そんな物を前にしても、斎子の無反応は変わらない。

 青木の頬がひきつれたように歪む。少女の下肢を割り性器具を使い始めた。

 正人は拳を握りしめた。じっとり湿っている。喉元に重苦しいものが拡がる。

 不能なのか。

 この世を地獄と形容した青木の心情が垣間見えた気がした。

 やがて、石のようだった斎子の躰に、いのちが宿る。腹が波打ち吐息が洩れる。正人の腕の中にいるときの、唇が笑うように歪む――あの顔をしているはずだ。

 正人は性的な興奮をまるで覚えなかった。目の前に繰り広げられる光景は、淫らというより陰惨だった。

 斎子は声をあげた。押し殺したか細い声。それが静穏な夜を破った。こうして、奇怪な男女の交わりは、女のほうが一方的に終わりを迎えた。

 生命いのちの歓びに充たされ、ぐったり弛緩した豊饒な肉体を前に、男の貧弱な躰がひざまずいている。

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