07 夜の底で

「やん、寒いじゃない。まだ夜中よぉ」彼女は薄目を開けて抗議した。

 正人はあわてて掛け直してやり、自分のほうは布団からとび出した。

 なんだこれは? どういうことだ?

 懸命に記憶を呼び戻そうとしても、便所で這いつくばって吐いたところまでしか思い出せない。

 その後どうなったのか? おれは、このに何かしたのか?

 朦朧とした頭で思い巡らしていると、ヒョイと布団が持ち上がって、斎子が顔を出した。

「寝ないの?」

「え? ああ。きみ、あの、お兄ちゃんに叱られない?」

 斎子はキョトンとした顔をして、それから笑いだした。

「あなたをここまで運んできて、そのまま眠りこんじゃった」

 斎子は、あくびをしながら布団を出た。

「お兄ちゃんに叱られない?」彼の口真似をした。そしてまた笑った。「あたし、邪魔みたいね。じゃあ、おやすみなさい」

 ストンと襖を閉めて出て行った。

 ポカンと見送った正人は、躰の力が抜けてしまった。

 何をやってるんだ、おれは……

 据え膳食わぬどころか尻込みしている。

 新しい女と寝たことを、いつも正人に自慢する友人の顔が浮かぶ。あいつなら、あっさり斎子をモノにしたはずだ。

 口真似した斎子。彼女は、女に指を触れることもできない男を嗤ったのだ。

 歳下の女に性の未熟さを嗤われたという思いが、胸の内を屈辱で火照らせた。

 ――こんなことだから、二十二にもなって、まだ女も知らないでいる……

 今さら追いかけるわけにもいかない。着たままだった服を脱いで布団に戻った。そこには、斎子のぬくもりが残っている。ぬくもりに名残惜しく手を伸ばし、自分のふがいなさにため息をついた。

 襖の滑る音がした。

 ふてくされていた正人は、再び開いた襖を信じられない思いで見つめた。

 闇の中に斎子が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る