第十一章 セレイア4

     *     *     *


 あの日、私はある人と会う約束をしていました。

 そして、その人は私の前に現れました。

 ダムドルンドの魔物たちを従えて。

 その人は私に剣を向け、私に要求してきました。

『光の宝玉をよこせ』、と。

 そして私は渡してしまったのです。

 この世界を照らす、大切な宝玉を――。


     *     *     *


『そして、風の竜がそこにやってきて、私を危機から救ってくれました。しかし、命は残ったものの、大切な宝玉を奪われてしまった今の私には、この世界を救えるほどの力はありません。傷ついた風の竜も力尽きて、今はこのように眠ってしまっている状態なのです』

 ユヒトはその衝撃の事実に、驚きを隠せなかった。

 そして、当然の疑問を胸に抱いた。

「女王様。その宝玉を渡した人間とはいったい――」

 その質問に、女王は悲哀に満ちた声を発した。

『北の国、ノーゼスの聖王ゲント。光の宝玉は今、彼のものの手にあります』

 雷に打たれたような衝撃が、ユヒトを襲った。

 聖王が、魔物と共謀し、女王を襲った。

 そして世界を救うために必要な光の宝玉を、奪っていった。

 信じられなかった。

 選ばれし人間であるはずの聖王が、女王を裏切るなんて。魔物たちと結託をしているだなんて。

「そ、そんな。どうして……っ。聖王は、北の国を統治するために選ばれた、優れた人物のはずですよね。実際今までゲント王は四大聖王の中でも、もっとも優れた賢王として名を馳せていたはず。それなのに、なぜそんなことを……!」

 ユヒトが言い放つと、女王は悲しげに目を細めた。

『なぜ彼がそんなことに手を染めてしまったのか、くわしいことはわかりません。しかし実際に、彼は魔物と通じ、このセレイアへ魔物を引き入れてきました。聖王という地位を利用して』

 そんなことが許されていいはずがない。聖王という高貴な地位を与えられながら、神である女王を裏切ろうとするなんて。シルフィアを滅びの道へと向かわせようとしているだなんて――。

『ユヒト。私はここから動くことはできません。そして風の竜の本体もいまだこのような状態です。世界は次第に綻びを見せ始めています。ユヒト。このようなことをあなたに頼むのは間違っていることかもしれません。ですが、お願いです。どうか私に代わってゲントより光の宝玉を取り戻してきてください。このシルフィアを護るために、北の国の聖王ゲントを打ち破ってください』

 女王のその言葉に、ユヒトは両目を大きく見開いた。

 聖王を打ち破る。

 シルフィアを護るために――。

 そんなことが、こんなちっぽけな自分にできるだろうか。

 自分が世界を救うことなんて、本当にできるのだろうか。

「ユヒト! オレも一緒に行くぞ! 今度こそ、本当の意味でシルフィアを救うんだ!」

 ルーフェンがユヒトの足元に駆け寄ってきた。

(ああ、そうか)

 ユヒトは思った。

 どうしようもなく、途方もないことだけれど。

 そんなことを、どうやれば成し遂げられるのか、今はまだまったくわからないけれど。

 ――だけど。

(僕は一人じゃない。ルーフェンたち、仲間がいてくれる)

 ここへ来ることも、無理なのではないかと以前は思っていたのだ。しかし、自分はそれを成した。女王との対面を果たすことができた。

 それならば。

「女王様」

 ユヒトはすっと深呼吸をすると、美しい女王をまっすぐに正面から見つめた。

「行きます。北の国へ。そしてそこで、聖王ゲントより光の宝玉を取り戻してみせます」

 ユヒトの言葉に、女王は柔らかな微笑みを浮かべていた。

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