第十一章 セレイア2

 目を開くと、ユヒトは白銀に光る階段の上を歩いていた。周りにはなにもなく、ほのかに淡い桃色に色づいた空間が、そこには広がっていた。

 そこに漂うのは、微かに香る花の香り。

 まるきり先程とは違うその世界の様子に、ユヒトは驚いていた。

「ここが、セレイア……?」

 ユヒトのつぶやきに、ルーフェンが答えた。

「ああ、そうだ。そして、この階段をのぼった先に、女王の住まう居城がある」

 ユヒトはそんなルーフェンの言葉を聞いて、胸が高鳴った。

 いよいよこの先に女王の居城があるのだ。長い旅路の目的を果たすときが、ついにやってきたのだ。

 ユヒトは高鳴る鼓動を感じながら、ルーフェンとともにその階段をのぼっていった。

 その階段は螺旋状に続いていた。しばらくそれを進んでいくと、やがて、その一番上までのぼった先に、なにかがあるのが見えた。

「あれは……、花の蕾……?」

 ユヒトはそれを見て驚きの声をあげた。そこに見えるのは、巨大な花の蕾のようだった。なぜそんなものがそこにあるのか不思議に思っていると、ルーフェンがこう言った。

「あれが女王の住み家、神の眠りし蕾だ」

「神の眠りし蕾……」

 巨大な花の蕾は、薄桃色をしていた。その姿は美しく、見るものの心を虜にした。ユヒトもまた、その美しい花に心を奪われたように、そこから目を離すことができずにいた。

 そうして、ユヒトとルーフェンはようやく頂上へとたどり着いていた。

「う、わあ……!」

 ユヒトは目の前の巨大な花の蕾を見上げ、あらためて感嘆の声を発した。

 それは見上げるほど大きく、そして見たこともないほどに美しい色をしていた。

(なんて綺麗なんだろう……)

 ユヒトはなぜか、泣きそうになっている自分に驚いていた。花は好きだったけれど、花を見てここまで感動したことは今までなかった。

 この花は、人の心の深いところにある琴線に触れてくる。

 世界の中心、世界の生みの親、この世界に生きるすべての生命の源。

 この花はすべての命を生み出してきたのだ。ユヒトは自分の中の奥から響いてくるなにかが、そう言っているのが聞こえた。

「この中に女王が……?」

「ああ。風の竜も一緒にそこにいるはずだ」

 ついに旅の最終目的が果たされようとしている。

 女王に会うことができる。

 ユヒトはそれを思うと、胸が抑えきれないほどに高鳴った。

 しかし、すぐにあることに気がついて言った。

「でも、どうやって中に入ればいいんだろう? 無理遣り強引に入る……のはさすがに駄目だよね」

「女王が許せば、おのずと扉は開く。大丈夫だ。オレに任せておけ」

 ルーフェンはそう言うと、その背からばさりと白い翼を出して広げた。そしてその翼をはためかせると、巨大な花の蕾の花弁へと近づいていった。

「女王様。オレは風の竜の分身である、ルーフェンというもの。そしてそこにいるのは、風の竜の加護を受けしユヒトという人間です。ユヒトは世界に起きた異変を知り、ここまでやってきました。女王様。どうかオレたちを中へと入れてください。どうか、ユヒトの言葉を聞いてやってください!」

 ルーフェンはそう言うと、蕾の周りをぐるりと飛び回った。中からの返答を待っているようだ。

 しばらくすると、蕾に異変が起きた。

 閉じていた花弁のひとつが、ゆっくりと開かれ、ユヒトの目の前におりてきていた。

『入りなさい』

 そんな声が聞こえ、ユヒトはどきりとした。その声は今までに聞いたこともないような美しい声で、まるで星空で星たちが幻想的な音楽を奏でているかのようだった。

 ユヒトはごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりとその花弁へと足を踏み出していった。

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