第十一章 セレイア1
ユヒトはルーフェンとともに、神域であるセレイアへ向かう道を駆け上がっていた。
どのようにして作られたのか、そこには山肌に沿って階段が作られており、ユヒトらはそこをひたすらにのぼっていった。
今そこには、ユヒトとルーフェンの他には誰もいない。
ギムレやエディールは、他の使者たちとともに、地の竜の現れた場所に留まっていた。
なぜなら、地の竜からセレイアへ向かうのを許されたのが、ユヒトとルーフェンだけだったからだ。ユヒトとルーフェンが道の先に向かうと、地の竜は他の使者たちを堰き止めるようにして、道の間にその身を置いた。
そしてこう言った。
『セレイアへ行けるのは、選ばれしものだけ。我が許したのはあの二人だけだ』
つまり、そこから先はユヒトとルーフェンだけで行かなければならないということだった。
ユヒトは一抹の不安を覚えたが、ギムレとエディールの励ましの声に後押しされ、とにかく先へと向かうことにしたのだった。
階段をのぼっていくと、そこから見える景色は、まるきり地上とは別世界となっていた。
眼下に広がるのは白い雲海。
その光景は、まるで自分たちが空の上に浮かんでいるかのようだった。
「ユヒト。セレイアへと続く扉は、ここをのぼった先にある」
ルーフェンの言葉にそちらのほうを振り向くと、先の道はちょっとした広場になっているようだった。そこまで急いで駆け上がると、ユヒトの目に、不思議な光景が映し出された。
「な……なに、これ?」
ユヒトが驚きのあまりそう口にすると、ルーフェンが答えた。
「これが、セレイアへと通じる扉だ」
ユヒトは目の前にあるその扉が、自分が想像していたものとはかなり違っていたことに、少なからず衝撃を受けていた。
その扉は宙に浮かんでいた。
そして、扉の後ろにはなにもなかった。
銀色に輝くその扉は、その不思議な存在感を空間に漂わせていた。
「これがセレイアに通じる扉なの? けど後ろにはなにもないよ。どういうこと?」
ユヒトは、扉の周囲をぐるりと回って見ながらそう言った。
「ユヒト。セレイアはこの山の頂にあるけれど、それは物質的な意味での場所に過ぎない。セレイアという場所は、このシルフィアの起源となった場所であると同時に、シルフィアとはまったく別の次元に存在している場所でもあるんだ。この扉は、その別の次元へと通じる扉。この世界を創造せし、神の世界へと通じる道なんだ」
ルーフェンの言葉の半分もユヒトには理解できなかったが、とにかくセレイアという場所は、人間の感覚からはほど遠い不思議に満ちた世界であるらしい。
ユヒトはそんなところにこれから向かうのだということに、少しだけ緊張し、ごくりと唾を飲み込んだ。
「でも、どうやってこの扉を開けばいいんだろう。普通に開けるのかな?」
と、ユヒトは宙に浮かぶその扉に手を伸ばした。しかしその扉に触れたと思った瞬間に、ユヒトの手はそれを素通りし、扉の向こう側へといってしまっていた。
「え?」
ユヒトは混乱した。そしてその扉が実体を持たないことに、そのとき初めて気がついた。
「なにこれ? どういうこと?」
困惑するユヒトに、ルーフェンは苦笑しながら言った。
「ユヒト。だから、ここから先は、そういう感覚が通用するところじゃないんだよ。この扉は扉の形をしているけれど、それはその人が思う扉の形をそこに具現化して見せているのに過ぎないんだ。実際、ここにある扉は見る人によって様々な形に見える」
「え! そうなの? 他の人には、この銀色の扉が違うものになってるってこと?」
「そう。まあ、とりあえず、ここがセレイアへの入り口であることには違いない。さあユヒト。扉を開いて女王のところまで行こうじゃないか」
「でも、どうやって……?」
ユヒトの当然の疑問に、ルーフェンは簡単なことだと言わんばかりな顔をした。
「オレたちが世界に愛されていることを証明すればいいんだよ」
ルーフェンはそう言うと、ユヒトの肩にぴょんと駆けのぼった。
そして、おもむろにその体から風を巻き起こした。
「さあ、ユヒトも一緒に風の力を解放するんだ」
ユヒトはその言葉を聞き、うなずいた。
そして、ルーフェンの起こす風に自らの心を同調させていった。
風が舞う。
風はユヒトの体を撫で、栗色の髪の毛をなびかせた。ユヒトは目を閉じ、自分の中の風の声を聞いた。
風よ吹け。
舞い踊れ。
共に行こう。
どこまでも。
ユヒトは目を閉じた目蓋の裏に、銀色の扉を見た。
そしてそれが、ゆっくりと開かれていくのがわかった。
セレイアへ。
この世界を創造せし女王のもとへ。
ユヒトたちは吸い込まれるようにして、その扉の先へと向かっていった。
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