第十章 地の竜3
「けど解せないのは、そのとき他の神竜たちはどうしていたかだ。なぜ風の竜だけがそんなつらい戦いを強いられねばならなかったんだ」
ギムレが腕を組んだままそう言った。
ルーフェンは再び岩の上にちょこんと座っていた。くりくりとした目を美しくきらめかせている。もういつものルーフェンだ。
「あのとき、他の神竜たちも、たぶん魔物たちに襲われていたんだと思う。魔物たちは他の竜たちをセレイアに近づけさせないようになにか工作をしていたんだ。その対応に追われ、他の神竜たちはセレイアに来ることができなかったのだろう。この壁ができたのも、地の竜と魔物たちの戦いの痕跡によるものだと思う」
「それ以上セレイアに魔物たちを入れさせないためってことか」
エディールがそう言って、そこから見える巨壁を見つめた。それにつられるようにして、他の面々もそちらに目をやる。
来るものを拒む、固く大きな壁。その冷徹な岩肌は、無慈悲なまでに強固だった。
「だけど、どうやってこの壁を越えればいいのだろう」
ユヒトがつぶやくと、ルーフェンが言った。
「一度飛び越えていけないか、試してみる」
次の瞬間、ルーフェンはその背から翼を出し、それを広げていた。そして、ばさりと一度羽ばたいたかと思うと、そのまま空高くへと舞い上がっていった。
ルーフェンが、巨壁の上のほうまで近づいていくと、その下で懸命に巨壁をこじ開けようと試みていた数人の使者のものたちが、歓声をあげた。
しかしその歓声は、すぐに悲鳴のようなものに変わった。
ルーフェンが巨壁の頂点まで近づいたかと思った途端、その巨壁はガガガッと激しい音を立てながら、ルーフェンを拒絶するように伸びていった。
ルーフェンはなおも他の場所から壁を乗り越えようと向かったが、そちらでも巨壁は行く先を阻むように伸び、結局ルーフェンは為す術なく、ユヒトたちの元へと戻ってきたのだった。
「駄目だ。あの壁には強い神力がかかっている。地の竜自身でなければ、あれを取り払うことはできないだろう」
「そんな……。ここまで来たのに……!」
ユヒトはそう言うと、たまらずその巨壁に向かって走っていった。そこに先にいた人たちを押しのけるようにして、ユヒトはその壁に近づき、その岩肌を拳で叩いた。
「開けて! 開けてくれよ! 僕たちは、この先に行かなきゃいけないんだ! そのためにここまでやってきたんだ!」
何度も何度も、ユヒトは岩肌を叩いた。
しかし、巨壁はびくとも動かない。どうしようもない無力感が彼を襲う。
(どうして! ここまで来て、どうすることもできないっていうのか? もう、セレイアは目の前だっていうのに……!)
立ちはだかる大きな壁は、地の竜の偉大なる力の顕現だ。
それに対抗しうる力を、自分のようなちっぽけな存在が持っているわけがない。
けれどもそれで諦観してしまっては、この世界は終わってしまう。世界の崩壊を止めるためには、なんとしてでもここを越えていかなければならないのだ。
ユヒトは己の剣を抜き、その岩肌に突きつけた。ガッガッと剣を打ち付け、その壁を崩そうと試みる。しかし、そんな行為は児戯にも等しかった。神竜の作りし聖なる壁には、傷ひとつ負わせることができなかった。
「ユヒト」
後ろから、ルーフェンの声が響いた。
「力ずくでは無理だ。人間の力では、これはどうすることもできない」
「だけど、だからってここまで来てあきらめて帰ることなんてできないよ。僕たちは、どうしてもこの先に進まなくちゃいけない。でなきゃ、僕たちはいったいなんのためにここまで来たっていうんだ!」
ガキンッと剣を岩肌に突き立て、ユヒトは叫んだ。悔しさに滲んだ声は、岩肌に虚しく残響した。
無力感。
そんなものが、ユヒトの体に満ちた。
所詮神の力の前に、人間の力が対抗できるわけがないのか。人々の願いを背負ってやってきたことは、無駄なことでしかなかったのだろうか。
目頭が熱くなった。
悔しくて、己の無力さが悲しくて。
ユヒトは剣を取り落とし、地面に膝をついた。そして悔しさに、その地面に向かって己の拳を突きつけていた。
「出てきてくれ! 地の竜! どうかここを通してくれ! 僕たちをセレイアへ行かせてくれ!」
魂の叫びだった。
慟哭しながら、ユヒトはそう叫んでいた。
神の力の前に己ができることは、もう願うことしかなかった。
無力な人間ができる最後の力はただ、そうして願いを叫ぶことだけだった。
しんと辺りが静まりかえった。
ギムレがそっとユヒトの背中に手を伸ばそうとした、ちょうどそのときだった。
突然ゴゴゴゴゴ!という音とともに、地面が揺れた。
その地震はとても立っていられないようなもので、そこにいた人々はその突然の事態に悲鳴をあげていた。
「なんだなんだ! なにが起きている?」
「これは大きいぞ!」
ギムレとエディールも、この突然の地震に驚きを隠せない様子だった。そんななか、ルーフェンだけは冷静にその状況のわけを考えていた。
「これはもしかしてもしかすると……!」
ガガガガガッッッ!
その音は、巨壁から聞こえてきた。そして、その巨壁に大きな異変が起きていた。
「な……っ! 壁が盛り上がって……?」
壁の近くにいた人たちは、驚き、そこから慌てて離れた。
壁は見る間に大きく盛り上がり、なにかがそこから出てこようとしているように見えた。
「なんだ? なにが起きている!」
ギムレが叫ぶ。
揺れ続ける地面と盛り上がる壁。
なにかとんでもない事態が起きようとしている。
そこにいた人々は、ただそれだけを感じ取っていた。
壁から、ズシンとなにかが地面におりた。ズシンともうひとつ。そのあとに、ドドンというさらに大きな音が続き、とうとうそこに、それは姿を現していた。
グオオオオオ――――ッッッ!
大地を揺るがすとてつもなく大きな咆哮。
それは翼を持った前足を地面に突き立てながら、大きな口を開け、鋭い牙をこちらへと向けていた。
「地の竜――!」
ルーフェンがそう叫ぶのを聞き、ユヒトはようやくそれが神竜のひとつ、地の竜であることを知った。
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