第十章 地の竜2
* * *
風の竜は、突如セレイアに現れた魔物たちの軍勢を前にして驚いていた。通常、セレイアへの扉は聖王の前でしか開かれない。それなのに、どうやって魔物たちがセレイアへと侵入して来られたのか、不思議だった。
しかし、とにかくまずは女王の安否が気になった。
そして風の竜は、セレイアの頂にある女王の居城へと急ぐことにした。
女王の居城にたどり着くと、そこでは信じられないことが起きていた。
開かれた居城の真ん中で、女王は倒れていた。そしてその横に、女王に向けて剣先を向けている男がいた。
――やめなさい!
風の竜は叫び、男をそこから風の力でなぎ払った。
間一髪だった。
あともう少し遅かったら、女王は殺され、最悪の事態になってしまっていた。
しかし、女王は護れたが、まだそこで危機は去ったわけではなかった。男が再び立ちあがるのと同時に、魔物たちの軍勢が続々とそこへ押し寄せてきた。
女王に急ぎ居城を閉じてもらうと、風の竜はそこを護る盾となって、魔物たちと戦った。そしてそれは、それから何日も何日も続いた。どこから入ってくるのか、魔物は次から次へと現れ、風の竜を痛めつけていった。そして、日に日に風の竜は傷つき弱っていった。
しかしそれは、魔物たちの軍勢も同様だったらしい。次第に魔物たちはその数を減らしていた。
しかし、いつ果てるとも思えない戦いだったが、その戦いもひとまずの終焉のときを迎えた。
あの日、ついに風の竜は、自身が力尽きるのと同時に、最後に残った魔物の軍団の頭であったジグルドと、一人の人間の男をセレイアから追い出すことに成功した。
それと同時に、風の竜は残された最後の力を振り絞って、風の竜の分身を、彼方へと飛ばしたのだった。
* * *
「その彼方へと飛ばされた風の竜の分身ってのが、このオレ自身ってわけだ」
ルーフェンは、つらそうに目を伏せたままそう言っていた。
ユヒトはルーフェンのその話に、目を白黒とさせていた。
そして、風の竜自身でもあったルーフェンが、頑なにそのことを話したがらなかったわけが、なんとなくわかったような気がした。
「それで今、風の竜は……」
「ああ。女王の手当でなんとか命は繋いでいるものの、風を生み出す力はまだ回復されていない。まだまだ危険な状態だ」
ユヒトはそれを聞いて、悲しげに眉を寄せる。そして、もうひとつ気になっていたことを訊ねた。
「今の話だと、魔物たちの中に人間もいたってことだけど、その人間とは? なぜ人間が女王を襲うような真似を?」
ユヒトが訊ねると、ルーフェンは首を横に振った。
「わからない。その男がなぜそんなことをしたのかは。ただ、オレも知っている男だったと思う。だけど、それがそれが誰だったのかはなぜか今思い出せないんだ」
ユヒトは訝しんだが、その言葉に偽りはないように感じた。
「とりあえず、女王はなんとか護ることができて、魔物も追い払うことは成功したってことだね」
「ああ……」
ルーフェンは苦しそうな返事をした。そのときのことを思い出すのは、とてもつらかったのだろう。
「ルーフェン、そんなつらいことがあったなんて知らなかった」
ユヒトは思わず、すっとルーフェンの体に手を伸ばした。柔らかな毛並みをそっと撫でると、ルーフェンはくすぐったそうに身をよじっていた。
「とてもつらかったろうに。よく、頑張ったね」
ユヒトはルーフェンを抱き上げ、その体をきゅっと抱き締めた。その体はそのとき、ほんの少しだけ震えているように感じられた。
風の竜は、そんな過酷な戦いを、たった一匹で耐え抜いてきたのだ。傷つき弱っても、それでも女王を、世界を護ろうと戦い続けた。
そして、とうとう力尽きてしまったのだ。
ルーフェンがそのときのことを話したくなかったのも無理はない。
神竜だろうと、どんなに強大な力を持った存在だったとしても、きっとずっと心細くてつらかったはずだ。苦しかったはずなのだ。
ルーフェンは黙ったまま、ユヒトにされるがままになっていた。
ユヒトの腕の中で、ルーフェンの震えは少しずつおさまっていっていた。
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