第十章 地の竜1

 山道に残っていた雪をざくざくと踏みしめながら、ユヒトらはセヴォール山を登っていた。

 迷いの森を抜けた一行は、もう陽も落ちてきたこともあり、その日はそこでたき火をしてひと晩を過ごした。そして翌日、夜明けを迎えるより前に、彼らは山を登り始めたのだった。

 山の中腹に、セレイアへと通じる扉があるのだという話をナムゼから聞いていた一行は、とにかくそこまで向かうことにした。セレイアへの扉は固く閉ざされてしまったというナムゼは、どんな状況になっているのかは見てこればわかると言っていた。

 いったいそこになにが待ち受けているのだろうか。

 ユヒトはこの先で見るであろうものに、得体の知れない不安を感じていた。

 山を登っていく途中、下山していく人々にすれ違った。

「あんたたちも使者としてここへ?」

 ギムレが訊ねると、彼らのうちの一人が代表して答えた。

「ああ。だが、駄目だ。あんなものはどうやったって開くことなどできない。セレイアへの道は、完全に閉ざされてしまっている。俺たちには、どうすることもできなかった」

 長い旅路をしてここまできたであろう彼らの顔には、無念の表情しかなかった。彼らがどれほどの苦難を乗り越えてここまでやってきたのかを考えると、なにもできずに帰ることしかできないその状況は、気の毒という他ない。

 しかし、他人のことを思っている場合ではないことは、ユヒトにもわかっていた。

 去っていく人々に別れを告げながら、ユヒトたちは黙々と上を目指した。

 山を登る途中から見える景色は、とても雄大で美しいものだった。

 朝陽が世界を照らし出す。

 明るい光が世界に降り注ぎ、魔法のように広がっていった。

 セヴォール山の裾野に広がる樹海は美しい緑色に染まり、遙か遠くには地平が見渡せた。

 そこには世界があった。

 崩壊しようとしているとは思えないほどに、美しいその世界。

 それを護りたい。

 この世界を救いたい。

 ユヒトはその美しさを目に焼き付けながら、それを思っていた。


 山の中腹辺りまでたどり着くと、そこに広場のようになっているところがあった。

 そしてそこにはすでに、何人もの人々が集まっていた。そんな彼らの見ている先に、突如としてそれは現れていた。

「な、なんだありゃあ!」

「これはどうしたことだ……っ」

 ギムレやエディールがそう言うのも無理はなかった。

 彼らの視線の先にあったのは、鋼鉄のように固そうな岩でできた巨大な壁。

 それがこの先の道を塞ぐように、頭上高くまで伸び、左右にも大きく広がっていた。その壁は刃のように尖った岩肌をしており、鋭く尖った先端をこちらに向けて来るものを拒んでいるように見えた。

 そこにいた使者たちは、なんとかしてその壁を壊そうと、武器を使って壁を突いたり叩いたりしていたが、その巨壁はびくともせず、まるきり崩れる気配を見せなかった。

「これは、地の竜の仕業だな」

 獣の姿でユヒトの肩の上に乗っていたルーフェンがそう言った。

「地の竜の? どういうこと?」

 ユヒトは率直に疑問を口にした。

「風の竜が活動を停止しようとしていたあのころ、セレイアや神域であるセヴォール山付近ではいろいろなことが起きていた。オレの本体である風の竜が倒れたあとのことはオレもどうなったかわからないが、これは、地の竜が女王を護ろうとした証拠だ。地の竜はきっとセレイアへの侵入者を防ぐために、その門へと続く道をこうして閉ざしたのだ」

 神竜の一翼である地の竜が、セレイアへの道を閉ざした。それは相応の意味があってのことだろう。しかし、その理由とはなんなのだろう。そのとき、セレイアでは一体なにが起きたというのだろう。

「ねえ、ルーフェン。風の竜の分身であるきみなら、そのときにセレイアでなにが起きたのか知っているはずだろう。そろそろ教えてくれてもいいころじゃないか?」

 以前、ルーフェンにそのことについて訊ねたことがあった。けれど、ルーフェンはそのことをあまり話したくないようで、口を重くしていた。そんな様子に、それ以来ユヒトもそれを訊くことは避けてきた。

 けれど、もうセレイアは目の前なのだ。そろそろこの状況のことを自分たちも知っていていいはずだとユヒトは思っていた。

「そうだな。お前さんはあまり気乗りしない話のようだが、今置かれているこの状況がなぜ起こってしまったのか、俺も知りたい」

「わたしもこの世界の真実を知っておきたい」

 ギムレとエディールもそう言った。

 仲間たちの言葉に、少しの間目を閉じて考え込んでいた様子のルーフェンだったが、しばらくして目蓋を開くと、その金色の瞳に決意の色を滲ませていた。

「……わかったよ。確かにここまできて黙っていても仕方ないからな」

 ルーフェンはそう言うと、ひらりとユヒトの肩からおりて、近くにあった岩の上に飛び乗った。

 そして、ユヒトたちの方向へ体を向けると、ルーフェンはおもむろに語り始めたのだった。

「あのときセレイアは、ダムドルンドの世界の魔物からの侵略を受けていた」

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