第九章 迷いの森4

 風の護りのお陰で、とにかく危機を脱することのできた一行は、まだ深い森の中にいた。辺りは魔物の気配もなく静まってはいたが、油断はできない。先程の状況も突如現れたのだ。またいつ同じ状況になるかもわからなかった。

「世界のひずみが大きくなってきている。女王のお膝元だというのに、この森はダムドルンドの世界と近くなっている箇所があちこちにあるようだ。とにかく、この森から早く出なければいけない」

 ルーフェンがユヒトの肩の上でそう言った。今は獣の姿で、美しい毛並みをユヒトの肩から垂らしている。

「そうだな。何度もあんな戦いを強いられちゃかなわん。この森は今は聖なる樹海というより魔の巣窟だ。導きの石がなきゃ、確実に死ねる」

 ギムレがそう言ったのを聞き、エディールがユヒトに訊ねた。

「そういえば、導きの石の様子はどうなっている? ユヒト」

「あ、はい。今見てみますね」

 ユヒトはそう言って、懐にしまっていた導きの石を取り出し、手のひらの上で広げてみせた。

 するとその瞬間に、導きの石は淡い緑色の光を放ち始め、その光はすぐにまっすぐある一点を差して伸びていった。その指し示す光には、迷いというものが一切ない。それを見て、ユヒトは不安でいっぱいだった胸の中に、温かなものが広がっていくのを感じていた。

「これをたどっていけば、きっと大丈夫です。もう少し頑張って歩きましょう」

 ユヒトの言葉に、全員がうなずいていた。


 やがて、森が切れ、空がのぞける場所までやってきた一行は、たちまち歓声をあげていた。

「うわあ」

「ほう」

「これは雄大だな」

 彼らの視線の先には、セヴォール山の山肌があった。それはもはや山と言うより壁と言ったほうがいいほどに、彼らの視界を覆い尽くしていた。あまりに大きく巨大すぎるその山は、その全容を人が目にすることはできない。

 ただ、神のおわす山として、他に比することのできない荘厳さをその山は持っていた。

「このぶんだと森を抜けられるのも近いな。陽もだいぶ傾いてきている。先を急ぐぞ」

 ルーフェンが言ったのを聞いて、一行はまた歩みを進めていった。

 そうして、導きの石の光をたどって歩くことしばらく、一行はようやく森から脱した。そのころには辺りは夕焼けに染まり、セヴォール山の山肌も朱く色づいていた。

「やった。とうとう森を抜けることができたんだ……」

「さすがになかなかの強行軍だったな」

「しかしまあ、この美しさに出会えたことで、今日の苦労も無駄ではなかったと思えるよ」

 疲れ切っていた一行だったが、エディールの言うとおり、夕焼け色に染まったセヴォール山の姿は、とても美しいものだった。

 それを見て、ユヒトの胸に、ふいに熱いものが込み上げた。

 ここまで到達するまでのたくさんの苦労が、彼の中で蘇っては消えていった。それとともに、多くの人々の願いも思い出されていた。

 目の前にそびえるのは、朱く染まった神の山――セヴォール山。その頂に、女王が住むセレイアがある。

 長い長い旅の果てが、もう、すぐそこまで迫っていた。

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