第九章 迷いの森3
それから一行は、森からの攻撃を受けることなく、順調に先へと進んでいた。
時折、森で誰かの持ち物らしき破れた衣服の欠片やなにかの袋が見つかった。ユヒトは、そんな帰らぬ人となった誰かの冥福を祈りつつ、先を急いだ。
しばらく進み、とある場所でユヒトらがしばしの休憩を取っていると、ユヒトはなにかの声が聞こえてくるのに気づいた。
それに気づいた瞬間、ユヒトはぞくりと背筋を凍らせた。
「ユヒト?」
顔をのぞきこんでくるルーフェンに、ユヒトは声をひそめながら言った。
「ルーフェン。なにか、聞こえないか?」
「なにか?」
「うん。微かだけれど、なにか耳障りな声というか……」
「それって、まさか……」
ルーフェンは眉間に皺を寄せ、ユヒトと同じように周囲をきょろきょろし始めた。そんな様子に、他の二人も怪訝そうに声をかけてきた。
「なんだ? どうした?」
「まさかなにかいるのか?」
「わかりません。でも、今ふと不気味な気配のようなものを感じて……」
ユヒトがそう話した直後だった。
『ニンゲン……』
暗い声が、ユヒトの頭に響いた。
そして、ユヒトたちから少し離れた前方に、それは姿を現していた。
『ニンゲン、コロス……!』
地から這い出てくるようにして、醜悪な姿をこちらに見せたその魔物は、ゆらりとこちらに近づいてきていた。
「ゴヌード!」
ギムレが叫んだ。
その直後からだった。地面に次々と黒い影が生まれ、そこから何体もの魔物が這い出てきたのだった。
「魔物だ! どんどん湧いてきているぞ!」
エディールが言いながら、弓を構え始めた。
「ちぇっ! こんなところにまで!」
ルーフェンがぴょんと飛び上がりざま、その姿を獣のものに変えた。そして魔物たちの方向へと一直線に走っていったかと思うと、体から発生させた風で、魔物たちを切り裂いていった。ルーフェンは風を刃に変えることもできるらしい。
ユヒトも腰に差した自分の剣に手を伸ばし、それをすらりと抜いた。そして目の前で身構えると、「はあっ!」と気勢を発して魔物たちの方向へと駆けていった。
ザシュッ!
向かってきたゴヌードを袈裟懸けに斬って倒す。その間にも、横からヘルグールが飛びかかってこようとしているのが見え、すぐさまそちらに剣をなぎ払った。
ギムレは手斧を振り回し、ガルゴンという石や土で体を覆われた、ギムレよりもひとまわりも大きな魔物を相手にしていた。
エディールは木の上に登り、そこから地上の魔物を弓矢で狙う作戦に出たようだった。
ユヒトたちの戦いぶりは、見事だった。全員がこの旅の間で確実に戦いの腕をあげていた。ユヒトも旅の始めのころから考えると、その差は歴然としていた。以前は剣を構えることすらおぼつかなかったのが、今では自ら敵陣に乗り込むまでに成長していた。
しかし彼らが魔物を倒すのと同時に、新たな魔物たちが次々と地の底から湧いて出てきていた。
「くっ! これじゃ、きりがないよ!」
ユヒトが敵をなぎ払いながら、そう言った。
「こいつら、どんだけ際限ないんだよ!」
さすがのルーフェンも悲鳴をあげている。
いくら全員がそれぞれいい戦いぶりを見せているとはいっても、さすがに絶えることなく次々に魔物が生まれてくるこの状況は芳しくなかった。どうにかこの状況を打開しなければ、厳しいことになることは目に見えていた。
斬る。斬る。斬る!
次第にユヒトの息は、荒いものへと変わっていった。全身を汗が伝わり、体中が熱を帯びていた。
そして、それと同時に集中力もだんだん切れつつあった。
しかし、魔物たちはそんなことになど構うことなく、地の底からわんさか湧き続けてくる。
そんな折り、目の前の敵を斬り伏せたと思ったと同時に、横から声が聞こえてきた。
「ユヒト! 危ない!」
ユヒトが「あっ!」と叫ぶと同時に、どさりとヘルグールが地面に叩き付けられていた。そしてその先に、ギムレが手斧を両手に持って立っているのが見えた。
「ギムレさん。ありがとうございます」
「おいおい。まだ礼を言うには早いぞ。とにかくここを早いとこ抜けていかなきゃならん!」
ギムレの言うとおりだった。まずここを突破して、先に進まなければならない。
「ユヒト!」
白い獣の姿のルーフェンが、さっとユヒトの肩の上によじ登ってきた。
「このままじゃきりがない! 全部を相手にしていたら、そのうちこっちの体力が尽きてやられてしまうのは目に見えている。きみとオレの力を合わせて、ここを突っ切っていくしかない!」
ルーフェンの言葉に、ユヒトは深く同意した。
「どうやらそうするしかなさそうだね」
そうして、ユヒトはルーフェンと力を合わせ、風の力でこの戦いの場から抜け出したのだった。
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