第九章 迷いの森2

 王都で、ユヒトは父のことも聞いていた。シューレンの情報屋、エントウの弟がそこで兄と同じような仕事をしていた。

 エントウから聞いたその情報屋を訪ねると、そこにはエントウと面立ちのよく似た男がいて、この男もまた愛想良く応対してきた。それがエントウの弟だということは、言われるまでもなくわかった。

 エントウの弟――ヒンダリはすでに伝書鳩で兄から依頼の文書を受け取っていたらしく、ユヒトらが来るとすぐにその情報を教えてくれた。

 ユヒトの父オーゲンは王都に来たのち、セヴォール山へ向かったのだという。

 セヴォール山へ向かったということはすなわち、迷いの森に向かったということでもある。

 その後、王都へ戻った様子はないとのことで、それを聞いたユヒトは不安が胸をよぎった。

 迷いの森は死の森とも呼ばれている。そんなところへ入っていった父は、無事にそこを抜けられたのだろうか。セヴォール山へとたどり着けたのだろうか。

 そんなことを思いながら、ユヒトは森の中を進んでいった。

 森の中は、鬱蒼とした木々に囲まれていた。むせかえるような濃い緑の匂いが、森全体に立ちこめている。

 森のあちこちではなにかの獣の声などが聞こえてきたりして、どことなく不気味な印象があった。

「この導きの石の指し示す方向へ、とにかく進んでいけばいい」

 ルーフェンは、ユヒトが掌に持っていた宝玉を見ながら言った。宝玉は森に入ったときから、なにかの魔力が作用しているのか、淡く緑色の光を放ち始め、その光は森の奥に伸びていっていた。どうやらその光の指し示す方へ行けば、無事に森を抜けられるということらしい。

「なんか知らんが、さすが聖王からもらった宝玉なだけはあるな。ありがたいことだが」

 ギムレがそんな感想を口にした。

「迷いの森で迷わずに進めることは、大いなる助けだ。このまま何事もなく森を抜けていけることを祈ろう」

 エディールもそう言ったが、その声色にはどことなく緊張感が滲んでいた。

 ユヒトもまた、なにか得体の知れない不気味さを、この森に感じていた。

 光の指し示す方向へ向かって歩いて行くことしばらく、森はさらに深く繁り、太陽の姿さえ隠すほどに枝葉を広げていった。もはやそこは人間の立ち入るべき世界ではなく、植物たちの支配する王国だった。

 導きの石を手にしながら歩いていたユヒトだったが、ふいになにかの気配を感じ、はっと周囲に視線をめぐらせた。

 そして突然それは、ユヒトの目の前に叩き付けられた。

 ズンッ!

「わあ!」

「なんだなんだ?」

 それは、先程まで普通に立っていたはずの、太い木から生えた長い枝だった。枝先が地面に刺さるように突き立っている。

 かろうじてかわすことに成功したが、もう少し気づくのが遅かったら、危なかった。

「ユヒト! ギムレにエディールも! 気をつけろ! 森がオレたちを侵入者だと思って動き出したんだ」

 ルーフェンがそう叫んだ。

「はあ? 森が? って、うおあっ!」

 ギムレが問いかけようとする間にも、森からの攻撃は始まっていた。左右前後に生えている樹木が、生き物のようにその枝をユヒトたちに向けて振り回しだしたのだ。

 森自体が攻撃をしてくるなんて、予想外以外のなにものでもない。

「ルーフェン! こんなの聞いてないよ!」

 ユヒトは器用に森からの攻撃をかわしながらもそう叫んだ。

「オレはこんな目に遭ったことなかったから忘れていたんだ! やっぱりお前たち人間の気配を、森が危険と判断したんだろう!」

「そんな大事なこと、忘れないでくれよ!」

 ヒュンッ、と目の前を枝が掠める。ギムレやエディールも、森からの攻撃を必死でかわしていた。

「それで、どうすれば解決するんだ。この状況!」

 エディールが、襲ってくる枝を剣で斬り伏せながら、そう問うた。

「ちょっと待ってろ。今考えている」

 ルーフェンはちょこまかと飛びはねて森の攻撃をかわしながら、頬に手を当てて考えていた。

「早くしてくれ! でないと、この森の木を根こそぎ切り倒しちまうぞ!」

 ギムレは、その手斧でばっさばっさと襲ってくる枝を斬り伏せている。彼の周囲には、散った枝葉がほうぼうに舞っていた。

「ルーフェン!」

 ユヒトも剣で応戦するが、周囲を全部森で囲まれているこの状況は、かなり過酷だった。エディールの言うように、早く危機を脱したい。

 そのとき、ルーフェンが思い出したように叫んだ。

「ユヒト! 導きの石だ! そいつを高く掲げて、陽の光を当てろ! それで森も鎮まるはずだ!」

 ユヒトはそれを聞いて、懐にしまった導きの石を取り出した。

 そして、それを持って木漏れ日の差す場所まで急いだ。

「森よ! 鎮まれ!」

 ユヒトが導きの石を頭上に掲げ、そこに降り注いでいた陽の光を浴びせると、突然ぱあっとその石がまばゆい光を放った。その緑色の光は、水面に落ちた波紋のように周囲に広がっていき、清浄な空気を辺りにもたらした。

 そして、激しく攻撃していた木々たちは、すっと何事もなかったかのようにもとの普通の木に戻り、森は急激に静けさを取り戻していった。

「攻撃がやんだ……」

「どうにか助かったみたいだな」

 ギムレとエディールが大きく息をついていた。

 ユヒトもほっと胸を撫で下ろす。

「どうだ。これが女王様から賜った導きの石の力だ。すごいだろう」

 そうあっけらかんと話すルーフェンだったが、他の三人は、それに深いため息を漏らすのだった。

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