第六章 武術大会1

「それにしても、ルーフェンが竜の姿になれるなんて、びっくりしたよ」

 山道を列を組んで歩いている途中、ユヒトは肩の上のルーフェンにそう声をかけた。

「そうだ。そんなことは聞いていなかったぞ」

 と、後方からギムレも言う。

「だから、オレは風の竜の分身だって話はしただろう。竜の姿が本来の姿なんだ。いちいちそんなことで驚かれても困る」

 ユヒトたちに向かって、うっとうしそうにルーフェンは答えた。

「それは誰だって驚くよ。今のきみの姿と竜の姿とでは、まるで違うんだもの。だけど、どうしてあのときだけ竜の姿になれたんだい?」

「それは、少し休息しておいたのがよかったんだろう。それに、あのときはそうしなければ、全員助からなかった。人間の言う火事場の馬鹿力に似たような状態だったからできたんだろう。実際、今竜の姿になろうとしてもなれない」

「ふーん。でも、きみのおかげで助かったのは確かだ。ありがとう。お礼を言うよ」

「おう。そのとおりだ。おまけにあの雨雲まで吹き飛ばすという大活躍だった。ルーフェン、お前さんにはおおいに感謝してるぞ」

 ユヒトとギムレの言葉に、ルーフェンはまんざらでもない顔をしてすましていた。

「けど、なんで普段は犬の姿なの? 元は竜の姿なのに」

「それは、このほうが楽だからに決まってるだろ。なんだ? 違う姿に変身して欲しいのか?」

「え? 変身できるの?」

「竜以外の簡単なのならな」

 ルーフェンはそう言うと、ユヒトの肩の上から離れ、ふあんと空中で一回転してみせた。

 すると次の瞬間、そこに少女の姿が現れた。

「どうだ。こんなのは」

「え? えええーーーっ?」

 ユヒトは思わずそう叫び声を上げた。ギムレやエディールも、あんぐりと口を開けている。

「なんだ? そんなに驚くなよ。意外といいだろ? こういうのも」

 少女の姿となったルーフェンは、くるりとその場で一回転してみせた。その姿は、十歳くらいの美少女にしか見えない。服装は白いワンピースといったいでたちだ。瞳の色が金色なのは獣のときと変わらない。長く美しい髪は金髪で、色こそ違うが確かに犬のときの毛並みに似ていた。しかし、まさか犬が少女に変身するとは、夢にも思わなかったユヒトである。

「ル、ルーフェン? 本当にきみなの?」

 恐る恐る訊ねるユヒトに、少女のルーフェンは頬を膨らませた。

「だからそうだって言ってるだろう? なんだよ。人がせっかく男所帯に華を添えようと可愛く変身したっていうのに。それとも男の姿のがよかったのか? 神竜に性別とかはないから、その辺は自由に決められるぞ」

「ち、違う違う。いいんだけど、まさかそんなことまでできるとは思わなくてびっくりしてさ」

「ふうん。なら、いいけど。それに、ちょっと人間の生活を体験するのもおもしろそうだ。よし。オレ、しばらくこのままの姿でいることにするよ!」

「えええ!」

 またしても大きな心配事が増えてしまったと、ユヒトは内心思った。

「まいったな。とんだ美少女が仲間に加わったぞ」

「獣の見た目もすばらしく美しかったが、人間の姿もこれほどとは、驚いたよ」

 ギムレとエディールは驚きながらも、ルーフェンが少女の姿でいることには特に反対する気はないようだった。

「けど、それでもやっぱりちょっと目立ちすぎのような気がするよ。もうちょっとどうにかならないかな?」

「どうにかとは?」

「うーん。その目の色を変えるとか?」

 金髪に金色の瞳という人は見たことがない。ただでさえ輝くような美しい見た目なのだ。せめて少し落ち着いた色合いにしたほうが、なにかと都合はよさそうに思えた。

「わかった」

 ルーフェンはそう言うと、一瞬目を閉じた。そして再び目を開けると、その瞳の色は金色から透き通るような碧に変わっていた。

「へー。便利なもんだな。簡単にそんなことできるんだ」

「簡単なもんか。風の竜の本体が活動を停止しているせいで、以前と比べたらこんなことでも思ったより力を消耗する」

「え? じゃあ、人間に変身なんかしなくたってよかったじゃないか」

「馬鹿者。オレは前から人間の生活に興味があったのだ。せっかくだ。次の町ではこの姿で通すことにするぞ」

 ルーフェンはそう高らかに宣言したが、ユヒトはなんだかとてつもなく心配になっていた。

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