第五章 雨の降り続く町3

「だから、ここはもう危ないのよ! 堤の監視なんかいいから、早くここから逃げないと!」

「うるさいな。これが私の仕事なんだ。私はここから離れるわけにはいかない。だいたいレミ。お前になにがわかるんだ。ここの堤が切れたことは、お父さんが生まれてこのかた一度だってないんだ。スーレは治水に関しては、他の都市の数倍進んだ技術を持っている。その責任者である私が大丈夫だと言っている。子供の心配など不要なんだよ」

 堤の監視小屋で、レミとその父親は言い争いを続けていた。しかし、それは先程から堂々巡りを続けるばかりで、なんの進展もなかった。

(どうしてお父さんは、こんなに強情なんだろう)

 レミは業腹だった。父親ばかりではない。母親や、他の大人たちも、ちっともレミの言うことなど信用しようとしない。危険だということを考えようともしない。

「ねえ。だけどお父さん。スーレでこんなに雨が降り続けたことって今まであった? この長雨は異常よ。今までとなにか違う。そう思わない?」

「確かに随分降り続くなとは思うが、そろそろそれもやむだろう。スーレの町は水の竜に護られし土地。水害など起こりえない。レミ、お前は気にしすぎだ」

 楽観する父親に、レミはとうとうぶち切れた。

「馬鹿じゃないの! 川の水の量、見たでしょう! この調子でいけば、もう今日明日にでも堤は切れるわ。本当はお父さんだってわかってるはずよ! このままじゃ危ないって。だけど、お父さんは認めたくないんでしょう。自分が設計し、築堤した治水の要である自慢の堤が切れてしまうなんて! 所詮人間の技術では、自然の猛威には勝てないんだって!」

「レミ!」

 父親は、ついにレミに手をあげた。ぱちんと、レミの頬を打つ音が辺りに響く。

 レミは呆然とし、次の瞬間、監視小屋から外へと飛び出した。

(もう知らない! お父さんなんて、勝手に死んじゃえばいいのよ!)

 雨の中、堤の横を走るレミの目の前に、馬に乗った三人の人影が現れたのはそのときだ。

「もしかして、レミさん?」

 そのうちの一人がそう声をかけてきた。レミはそれを聞いて、その見知らぬ三人の旅人らしき人たちの前で、はたと足を止めた。

「誰?」

 自分の名前をその人物たちが知っていることを、レミは訝しんだ。

「僕たちは、ここからずっと南西にあるトトという村からやってきた旅のものです。先程レミさんが飛び出していったのを追って、ここまでやってきたんです」

 レミと同じ年頃の、淡い栗色の髪をした少年が、そう話した。

「もしかして、お母さんに頼まれてきたの? わたしを連れ戻して欲しいって」

「うん。そのとおり」

 レミはそれを聞いてため息をついた。どうして自分の両親は、揃いも揃って頭の固い人たちなんだろう。

「そう。だけど、もうその必要もなくなったと思うわよ」

 少年は小首を傾げた。

「これから家に帰るところだから」

 レミはそう言って、その旅人たちの脇を擦り抜けていった。

「待って。レミさん」

 呼び止める声に、レミは足を止めた。

「きみに協力して欲しいことがあるんだ」

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