第五章 雨の降り続く町2

 ユヒトたちは馬に乗ってレミのことを追った。

 川は、町を出て少し行ったところに流れていた。サダヌ川という、この辺りでは一番大きな川だ。川の水位は、町の高さよりも高いところにあるようで、そこには大きな壁のような堤防が作られていた。その堤防の向こうでは、激しく水の流れている音が聞こえてくる。

「随分立派な堤防だな。確かにちょっとやそっとじゃ壊れそうには思えない。あの母親がああ言っていたことも、うなずける話だ」

 ギムレが言った。

「でも、あのレミという子は、危機を感じているようでした。いくら堤が立派でも、やはりこの降り続く雨の影響はあるでしょう」

「そうだな。この川の音はやはり激しすぎる。ちょっとこの堤の上に登って、川の様子を見てみよう」

 エディールがそう言ったので、登り口を探して、三人は堤防の上に行ってみた。

「これは……」

「まずいな……」

 それを見た途端、三人は言葉を失った。

 思った以上に川の水量は上がってきている。堤防の高さまではまだ達してはいないものの、それに迫る勢いで川は濁流となって流れていた。

「落ちたら確実に助かりそうにないですね」

「ユヒト。くれぐれも足を滑らすなよ」

 川は茶色く濁り、時折山から流されてきたのだろう、それなりに大きな木の枝まで流れていた。

「雨の影響でかなり川の量が増水している。あの母親は大丈夫だと言っていたけれど、これはあのレミという娘の言い分もわかる。水の竜の加護があるからと母親は過信しているようだが、この状況は異常だ」

 エディールが、厳しい表情を浮かべながら言った。

「この現状を見てないんでしょうか。水の竜への信仰心が、町の人たちの目を曇らせているんでしょうか」

「どちらもだろうな。それに、この堤への絶対的な信頼もうかがえる。たぶん、これまでこの堤防に、随分町の人たちは助けられてきたのだろう。それがあるから、住民たちも、まさかその堤防が決壊するわけがないという思いがあるのだろう」

 あの母親の様子を思い出す。レミと違って、川の危険性など、微塵も心配をしていない様子だった。

「それにしても、あのレミという子はどこに行ったんでしょう。父親を呼びに行くと言ってましたけど」

「ここいらにいないとなると、上流のほうにいそうだな。少女の足だ。そう遠くまでは行ってはいまい」

 そうして、三人は堤防を下り、上流のほうへと足を向けた。

 雨はその間も振り続け、三人の外套を濡らし続けていた。

「それにしてもよく降るな。この町に入る前は雨など全然降っていなかったというのに」

 そう言って、ギムレが空を見上げた。ユヒトも同じように空を見る。暗灰色の雲が、空一面を覆っている。しかもその雲は、まるきり動くのをやめてしまっているように見えた。

「あ!」

 ユヒトはその事実に気づき、声をあげた。エディールもそれを察したのか、「ああ……」と嘆息した。

「なんだ? 二人とも、浮かない顔をして」

 まだそのことに気づいていない様子のギムレに、ユヒトが説明した。

「雲が動いていないんです。雨雲は、この辺りに留まったままで、先程から少しも移動する様子を見せていません」

「なんだって?」

 今度はエディールが代わって説明した。

「これは単なる長雨なんかじゃない。風の竜が活動をやめてしまったことによる災害だ。風が吹かないために、雨雲はずっと同じところに留まり続けている。そのせいで、この辺りは異常な量の降雨に見舞われているんだ。このままの調子で降雨が続けば、堤が切れるのも時間の問題だろう」

「馬鹿な。じゃあ町が水に沈むのを、このまま指をくわえて見てなきゃいけないってのか」

「あるいはそうなるだろうな。しかし、その前に住民に避難を呼びかける必要がある。予想しうる災害は、未然に防がねばならない。住居は住めなくなったとしても、第一に優先すべきは人命だ。どこか高台へと住民を誘導させるよう呼びかけよう」

 三人は互いにうなずきあった。

「まずはレミという少女を捜し出し、その子の父親にも避難を説得しよう。いくら堤が立派でも、それに安心しきって現実を見誤ってはいけない。風が吹かない限りは雨雲は移動しないんだ。このままでは確実に堤防は決壊のときを迎えるだろう。そのことをみなに知らせないと」

 そうして、ユヒトたちは川の上流へと向かっていった。

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