第三章 白い友人1

 ようやくアカエの森を抜けることができたのは、辺りも暗くなってきたころだった。

「今日はこの辺りで野宿をすることにしよう」

 エディールのその言葉に、ギムレとユヒトもうなずいた。

 そこはアカエの森を抜けてすぐのところにある岩場だったが、辺りには草も生え、近くに小川も流れていて、馬たちを休ませることができた。

 とにかく夜になる前にアカエの森を抜けるという目標は達成されたが、三人とも昼間の戦闘のこともあり、心身ともに疲れ切っていた。それに馬たちにもかなりの強行軍をさせている。この辺りで休みを取ることに、誰も異議は唱えなかった。

 馬たちに水を飲ませ、自分たちも干し肉やパンなどで食事を済ませた。そのあとは、それぞれ疲れのため、すぐに床につくことになった。そのころには辺りはすっかり夜の闇に包まれ、空には星が瞬き始めていた。

 季節が初夏ということもあり、夜になってもそこまで冷えるということはなかったが、屋外での就寝は少し肌寒さもある。しかしユヒトは愛馬のパルに身を寄せることで、暖を取っていた。

 ユヒトは目を瞑りながら、昼間のことを思い出していた。

 あのゴヌードとの戦闘は、今思い出しても身震いがする。しかし、きっとそれは、この旅では避けて通ることのできないものなのだろう。

 風の竜が活動を停止した今、世界のどこかにひずみができているのだ。ダムドルンドのものたちが各地で悪さを繰り返しているという噂は、どんどん広がってきている。彼らをその都度退治しても、またどこからか彼らはシルフィアに現れ、悪事を働く。

 やはりすべてを解決し、シルフィアに平和を取り戻すためには、風の竜を復活させるしかない。しかし、それは容易ではないことはユヒトにもわかっていた。

 女王のいるセレイアへの道のりは、遠く険しい。そのうえ、今日のように闇のものたちと戦わなければならないようなことは、これからもきっとあるのだろう。今後続いていく旅の厳しさに、ユヒトは気の遠くなる思いがした。

 ユヒトはそうして今日の出来事を反芻していたが、そのうちにいつの間にか眠りへと落ちていった。


     *


 柔らかな風が辺りを包んでいた。下生えの草花が、風に揺れてなびいている。

 ユヒトはその中で一人佇んでいた。

 そこがどこなのか、ユヒトにはわからなかったが、辺りの光景は風の丘によく似ていた。

 吹き抜ける風は、とても心地が良かった。それがとても懐かしい感じがして、ユヒトはとても幸せな気持ちになった。

『ユヒト』

 その声は、どこからか聞こえてきた。それはとても優しく涼やかで、美しい声だった。

『ユヒト。こちらです』

 そう言われ、声の響くほうを振り向くと、ユヒトはとても驚いた。

 そこにいたのは、あの、風の竜だったのだ。

 風の竜は空に浮かんだまま、こちらを見つめていた。

「風の竜……? あなたは、風の竜、フェンなのですか?」

 ユヒトがそう問うと、風の竜は目を一度瞬きして、うなずいたように見えた。

「では、あなたはもう復活したということですか? それともこれは夢?」

 ユヒトの言葉に、風の竜は心なしか悲しい目をした。

『ユヒト。残念ながら、ここにいるわたしは現実の姿ではありません。これは、わたしの残されたわずかな力で見せている幻想なのです』

 ユヒトは吹きつける風に、悲しみの色を感じた。

「ではやはり、ここは現実の世界ではないのですね。でも、どうして……。なぜこんなことになってしまったんですか。なぜあなたは、世界を飛ぶことができなくなってしまったのですか?」

 ユヒトは必死になって、空を覆うように体をうねらせている風の竜に言葉を投げかけた。

 風の竜はそんなユヒトを見て、悲しそうに頭を揺らした。

『その理由は、今はまだ話すことはできません。ただ言えることは、女王に会えば、すべてわかるだろうということだけです』

「ではやはり、セレイアにたどり着くしか、今は他に方法がないということなのですね」

『はい』

「でも、こうしてあなたが僕の前に姿を現したことには、なにか意味があるんじゃないんですか? なにか、僕に伝えたいことがあって来られたのではないのですか……?」

 すると、風の竜は少し嬉しそうに体をうねらせた。

『そうです。ユヒト。あなたは風に愛されしもの。風の声を聞くことのできるあなたがセレイアに向かうことになったことを知り、わたしはとても嬉しく思っています。そんなあなたに、どうしても伝えたいことがあって、わたしはこうしてあなたの夢の中に入り込んだのです』

 ユヒトは驚いた。風の竜がそんなふうに自分のことを思っていたとは夢にも思わなかったのだ。そして、風の竜が直々に自分になにかを伝えようとしてきている。

 なんだろうと、ユヒトは緊張してその言葉を待った。

『ユヒト。あなたに助けてもらいたいものがあります』

 予想もしない言葉に、ユヒトは目を瞬かせた。

「助ける? いったいなにを……」

『ここから西に八十ヒース(約八十キロメートル)ほどいったところにあるホロドムという村のはずれに、呪術師の住む小さな家があります。そこに、白い獣が捕らわれている。その獣を助けてやってもらいたいのです』

「白い……獣? なんなんですか? その獣というのは?」

 ユヒトは問うたが、風の竜はそれには答えなかった。

『とにかく、その獣を助けなさい。その意味も、いずれわかるでしょう』

 風の竜はそう言い残すと、ユヒトの頭の上をぐるりと旋回しながらかき消えるようにしていなくなった。

 それとともに辺りには強風が起こり、ユヒトは全身でそれを受け止めていた。


     *

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