第三章 白い友人2

 朝の光で目を覚ますと、ギムレとエディールはすでに先に起きていて、出立の準備を始めていた。

「おはようございます。ギムレさん、エディールさん」

「おう、おはようユヒト」

「おはよう。よく眠れたか?」

 二人は昨日の疲れなどなかったかのように、明るい様子だった。しかし、ユヒトは昨夜見た夢のこともあり、そんな二人に明るく答えることができなかった。

「どうしたんだ。ユヒト。なにか、表情がすぐれないようだが」

 エディールにそう言われ、ユヒトは少し迷いながらも話し始めた。

「あの、エディールさんにギムレさん。今日はこれから北の街道に向かう予定となっていましたよね」

「ああ。ヒュインテ街道に入れば、大都市シューレンにも一本道で行ける。そこからセレイアへの道も伸びているから、その行き方が、今のところ最善のはずだよ」

「そうだな。他にもいろいろ行き方はあるが、あまり見知らぬ地に足を踏み入れると、いろいろな危険も降りかかってくるだろう。やはり大きい街道を使って向かうのが最善策だと俺も思う」

 エディールもギムレも、その選択になんの疑問も持ってはいないというような口ぶりである。それを聞いたユヒトは、次に発しようとしていた言葉を思わず飲み込んでしまった。

「……そうですよね。やっぱり……」

「ユヒト? どうしたんだ? なにか意見があるなら、構わず言いたまえ」

「そうだ。俺たちに遠慮などすることはない」

 二人の言葉に、ユヒトは思い切って話すことにした。

「あのう……。実は僕、昨日夢を見たんです」

「夢?」

「その夢の中で、僕は風の竜に会いました」

 ユヒトの言葉に、ギムレもエディールも驚いた表情を浮かべた。

「風の竜はそこで、僕にあることを伝えてきたんです」

「あること?」

「はい。ここから八十ヒースほど西にあるホロドムという村に行き、呪術師の家に捕らえられている白い獣を助けて欲しいと……」

「なんだって?」

 ギムレは、思わずといったように頓狂な声をあげた。エディールもまた、美しい顔に渋面を作っている。

「ホロドムといったら、シューレンとは逆の方角じゃないか。しかも、かなりの辺境。一刻も早くセレイアに向かわなければならんというのにそんな……」

「よせ、ギムレ。ユヒトもそのことは重々承知の上でこうして話をしているはずだ。それに、夢の中でとはいえ、風の竜のお告げだぞ。ユヒトは風の竜の加護を受けている。この話がまったくの夢物語だとは言い切れない」

 エディールの言葉に、ギムレもいくらか興奮をおさえた。今にもユヒトに食いつかんばかりの様子だったので、ユヒトもそれにはほっとした。

「しかし、本当にその話を信じていいのか? だいたい、その白い獣というのはなんなんだ。なぜ、そんなものを助けなければいけない?」

 ギムレの疑問はもっともだった。しかし、ユヒトにもそれはわからなかった。

「その白い獣がなんなのか、僕にもわかりません。けれど、とにかく風の竜は僕に、その獣を助けて欲しいと言ってきたんです。その意味もいずれわかるだろうと……」

「ふうむ」

 ギムレは深く息をつくと、立派な顎髭を右手で撫でながら考えていた。そしてしばらくしたあとで、大きくうなずいてみせた。

「よし。それならそこへ行ってみるより仕方ない。他でもないユヒトが、夢で風の竜から聞いたお告げだ。きっと重要なことに違いない。少し遠回りになるが、行き先を変更してホロドムへと向かおうじゃないか」

「そうだな。行ってみれば、お告げが本物かどうかもわかるだろう」

 二人がそう言ったので、ユヒトはほっと胸を撫でおろした。

「すみません。こんなこと聞いてもらって……」

 すると、ギムレはユヒトの背中をばしんと叩いた。

「だから、そんなことでいちいち謝ることはない。旅に想定外なことはつきものだ。こうなったら、ユヒトにとことんつきあってやろうじゃあないか!」

 ギムレは呵々大笑した。ユヒトは驚いて咳き込んだが、そう言ってもらえたことに、嬉しさを覚えた。

「それにしても、夢の中とはいえ、ユヒトは風の竜と対話をしたということになる。この事実はまだ真偽のほどはさだかでないにせよ、すごいことかもしれない」

 エディールは、ギムレとは対照的に冷静である。

「はい。僕もこんなことは初めてのことで、実は戸惑っているんです。だけど、夢でみた風の竜が偽物だとは、どうしても思えません。やはり、ホロドムに行って、この目でその白い獣が本当にいるのかどうか、確かめたいんです」

 ユヒトの言葉に、ギムレもエディールも、笑顔になってうなずいていた。

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