第24話 唯菜が才能全開なんだけどどうしよう

 「…ありがと、落ち着いた。」

 「いいけどさ…唯菜って泣き虫すぎない?」

 「なっ…! 別に泣き虫なんかじゃねえし!」


 小馬鹿にするような僕の言葉に、少々語気ごきを強めて言い返す唯菜。言葉の勢いこそ出会った頃の唯菜であるものの、その表情は、そのときには絶対に見せなかったであろう焦りを含んでいる。まだ少し潤んでいる瞳に、ほんのりと紅潮した頰。出会った頃、といってもそれは時間にすればたった二週間ほど前のことなのだが、唯菜のこの表情を見るのは四度目か五度目。泣くときの感情の強さには差はあるものの、どれも所謂いわゆる『号泣』である。いや、泣き虫じゃん完全に。

 最初に抱いたギャルというイメージとは大きく異なる目の前の少女。新たな一面を見ることができたと喜んでしまう自分と、それを恥ずかしく思う自分が心の中でぐるぐると渦巻うずまく。

 今までの人生でこんなにもやつく感情を抱いたことは無かった。多分、高校二年生の二学期が始まってから――つまりは唯菜と出会ってから度々 心に現れるようになったのだが、これを何という言葉で表せばいいのか、僕の語彙では限界がありそうだ。

 ただ、なんとなくこそばゆくて居心地の悪さを感じることがあるので、できれば引っ込んでいてほしい感情だ。


 「さて! 勉強しよっか!」

 「唯菜の口から『勉強しよう』なんて変な話だよな」

 「うるさいなあ、ほら、やるよ晶仁っち!」

 「はいはーい」


 これは少し前にも感じたことだが、だんだんと唯菜の扱い方が解ってきた。

 平たく言えば、生野と話す時のようなスタンスでいればお互いにストレスなく会話ができるといった感じ。生野も唯菜も若干のM要素を持っている、ということをなんとなく察しているので、小馬鹿にするというか、軽めに揚げ足をとるとか、そんな風にして接している。僕としても、変に優しくしたり気を使ったりしなくていいので接しやすくて助かる。つか優しくするとかいう高等スキルを僕が持ってるはずないしな。


 「そうだ、唯菜さ、苦手な教科とかある?」


 部屋に二人というこの状況にも慣れてきたので、なんとなく会話を始めてみる。


 「んー、あー、全部かな…?」


 わざとらしく考えたふりをした後、なんとなくは予想していたものの言って欲しく無かった言葉を述べる唯菜。

 思いつかなかったからとは言え、会話の導入を完全に間違えた。一方的に僕が絶望しただけではないか。


 「お前なあ…。まあいいや、多分だけど、数学一番苦手だろ。」

 「っ…! は、はい…。」

 「うん、知ってた。じゃあ、んーと…この辺からやろうか。」


 唯菜は基本的に授業を真面目に受けているのだが、どういうわけか授業の直後にはその時間にした内容を殆ど覚えていない。ノートは、かなりの癖字くせじではあるものの色ペンやマーカーなどを使って綺麗にまとめているという印象。それなのに内容が頭に入っていないのは、恐らく、板書に集中しすぎて先生の話をしっかりと聞けていないからだと思われる。ということは。


 「唯菜のノートを軸に進めようか。」

 「えっ、それでいいの?」

 「うん、これ殆ど黒板に書いてあんのと同じだからやりやすいと思う。下手にワーク使ったり参考書使ったりするよりは絶対良い、やっぱりテストに出るのはノートからっていうのが多いし。」

 「へへ、ありがと。」

 「え、あ、おう?」


 よく分からないところで照れられたので少し戸惑う。確かに褒めはしたけどそこまで嬉しがられるとは。

 それはともかく。僕が言ったことは割とガチな話だ。

 特に数学の山下先生は九割方きゅうわりがたノートから問題を出す人なので、大袈裟に言ってしまえばワークは進めなくて良い。だから、唯菜のように綺麗にノートを取っていれば、最悪一夜漬けでも何とかなるはずなのだ。


 「さて、始めようか。まずはここから一問ずつ解いていこう。」

 「うん、わかった!」


 ノートと、念のため教科書を開いて唯菜の前に置く。まずは簡単な問題を指差して、そこから一問一問理解をしながら進めてもらう。

 一応僕も横で自分の課題を進めるのだが、


 「あ、えっとー、晶仁っち? 早速だけどここってどうやるの…?」


 まあこうなるわな。

 かなり先が思いやられるが、勉強会のスタートである。










――――


 「はああああ疲れたあああああ」

 「はいはい、よく頑張りましたー。」

 「棒読みじゃんかー」

 「はは、ごめんって。」


 窓から差し込む光は赤みを増し、時計は、開始から三時間が経過したことを示す。

 話を聞くに、唯菜は家庭学習の習慣がそれほど無いようで、三時間もぶっ通しで勉強をすることなどまず無かったという。そう考えると、しっかりと三時間集中していたのは本当に偉いと思う。


 「しかし…。」

 「うん?」

 「唯菜、さては君やればできる子だろ…。」

 「えっマジ?」


 マジだ。唯菜は僕が予想していたより遥かに飲み込みが早く、公式を一度教えたら殆ど詰まることなく次々に進んでいく。応用こそ得意では無いものの、それも少し教えればすらすらと丸文字の数式を書いて見せた。

 なぜここまでできるのにあんなに勉強ができないのか。

 やればできるくせにやらないだけじゃね?


 「マジだよ。なんで普段からこうやってできないのか不思議なくらい。」

 「あーそれは多分、」

 「ん?」


 そこまで言って少し頰を赤らめる唯菜。


 「晶仁っちが横に居てくれるから…かな?」















 …その不意打ちはずるいと思います。

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