第22話 勉強会が始まらないんだけどどうしよう

 「お、おい嘘だろ…」

 《すまん、マジだ…。ゲホッゲホッ》

 「…」

 《…へっくちゅんっ》


 僕は今、スマホを耳に当てながら項垂うなだれている。自分の部屋で。尚且なおかつ、唯菜の目の前で。

 何故こうなってしまったのか。事の発端ほったんは、今から約一日前にさかのぼる。


 ———


 「終わったあああ」

 「うおおおおおお」

 「疲れたああああ」

 「ちょっと、三人とも疲れすぎじゃないか? 特にユウマ、うおおって何。」


 金曜日。それは学生にとって、最後の踏ん張りどころである。この日を乗り越えれば、待っているのは土日という名の天国だ。

 その日の授業を全て終えた僕たちは、一斉に疲れを吐露とろした。小学校、中学校、そして高校一年生を乗り越えた今言うのもどうかとは思うが、五日間も連続で同じ服を着て、同じ場所に、同じ時間に来るというのは、間違いなく異常な行動である。

 学校でなければ世間の冷ややかな目が許さないであろうことを、僕たちは毎週やってのけているのだ。寧ろシャルルがなんでそんなに冷静で居られるのか、僕には、いや、僕らには不思議でならない。


 「あ、そうだ。」


 僕の呟きに、三人がほぼ同時に視線をこちらに向ける。


 「今日の数学、唯菜、大変だったじゃんか?」

 「ちょ、晶仁っち…!」

 「はは、たしかに。」

 「あれは傑作だったなあ」


 「だからさ、朝も言ったけどやっぱり…」


 数学の時間に唯菜が大恥をかいたのはご存知の通り。それを踏まえた上で、僕は朝から考えていたことを、改めて四人に伝えた。


 「勉強会でもやらねえか?」


 ———


 というわけで今日、勉強会が開かれることになった。まさか提案の次の日に開かれるとは思っていなかった。皆、暇すぎないか。

 時間は昼の十二時。場所は僕の家。

 場所は、殆ど無理やり決まった。というより決められた。どうやらこの四人において僕に拒否権は無いらしい。なんなら人権すらあやしいところである。

 最初に来たのは、唯菜だった。時刻は約束の五分前。久しぶりに見る唯菜の私服姿には少しどぎまぎしてしまったが、慌てる僕に横から雪乃がチョップを入れてくれたためそれはすぐに落ち着いた。

 唯菜を部屋にあげて数分、約束の時間になっても彼らが呼鈴よびりんを鳴らすことがなかったので、連絡をとってみることにした。

 シャルルにはひとまずラインを飛ばし、僕は生野に電話をかけた。目の前には、私服のためかいつもと少し違う雰囲気の唯菜がいる。


 「もしもーし、早く来いよ生野、今どこだ。」

 《えっと、それなんだが黒崎…ゲホッゲホッ》

 「なんだよ」

 《実は風邪を引いてしまってな、昨日の夜から熱が三十八度もあるんだ…。》

 「お、おい嘘だろ…」

 《すまん、マジだ…。ゲホッゲホッ》

 「…」

 《…へっくちゅんっ》


 僕は無言で電話を切ったと思う。くしゃみがウザかった。というのは建前で。

 ふざけやがって生野。僕と唯菜を二人にするつもりか、気まずすぎるだろおい。まあ厳密には雪乃がいるんだけどな。…ってもっとダメじゃねえか。

 生野は諦め、頼みの綱のシャルルの返事を待つことにした。


 「生野、風邪引いて来れなくなったって。」

 「マジかー。お大事にだわ。」


 スマホ片手にそう言った唯菜は、少し嬉しそうに微笑んだ。いや、なんで笑ってんだよ。まさか、え、生野のこと嫌いな感じですか唯菜の姉貴。

 しかしそんなはずもなく。そして嬉しそうな理由もなんとなく聞けず、会話はそこで終了した。

 ここに来るのが二回めだからか、唯菜の表情に以前のような固さはなく、緊張もしていない様子。なんならすごくくつろいでいる。おいこらベッドに勝手に寝転がるな。

 そんな唯菜とは反対に僕は緊張しまくりで、心臓がまるで早鐘のように激しく鼓動している。雪乃以外の女性がこの家にいるなどということは今まで一度も無かった。ましてや部屋に入れたことなどあるはずもない。

 さらに唯菜は、つい先日までいろいろとあった相手だ。二人きりでは、恥ずかしさだけではなく当然気まずさも生まれる。

 会話を切り出すこともできず、ただお互いスマホを弄っている。もっとも、僕の画面が変わることは無く、視線は殆どずっと唯菜に向いていたのだけれど。

 うつ伏せで僕の枕にあごを乗せ、足をパタパタさせながらスマホの画面を見続けている。その様子が可愛らしくて、途中から目が離せなくなっている自分がいた。

 なんて、軽く変態みたいな思考をしている自分に気づき目をパチパチとさせている僕のスマホに、一件のラインが飛んできた。


 《すまないマサト、どうやら今日は親戚が家に来ることになったみたいで、そっちには行けない。本当にすまない。今日は三人で楽しんでくれ。》


 僕は、先ほどよりも深く項垂れた。それに気づいた唯菜が、僕に声をかけた。


 「どしたの晶仁っち?」

 「シャルルも来れなくなったって…。ど、どうする? お開きにする?」

 「いやいや、なんでそーなんの。二人でいーじゃんか。」


 困惑のあまり何故かお開きを切り出した僕に、唯菜が冷静なツッコミを入れる。


 「…つか、ウチとしてはその方がいいっつーか」


 小さな声でそう呟いた唯菜の顔は、みるみる赤く染まっていった。

 ゆっくりと起き上がって、唯菜は言葉を続けた。


 「二人の方が、多分、頑張れるし。」


 言い終わると、唯菜の顔の紅潮こうちょうはさらに増し、人差し指でポリポリと頰を掻き始めた。さっきまでの何の緊張もない表情とは打って変わって、唯菜は今、恥じらいに頰を染めている。そしてそれは僕にも言えることで、自分の頰がいつもより熱を持っていることに気づき慌てて下を向いて隠す。唯菜に関しては自爆だからな。

 しばらく沈黙が続き、なんとも言えない空気が流れる。時間が経つごとに恥ずかしさと頰の赤みは増し、それは、三分ほどで限界を迎えた。先に壊れたのは唯菜である。


 「んああああああもう、あの、えっと、え、えい!」

 「え、ちょ」


 ドタッ


 恥ずかしさでおかしくなってしまったのか、唯菜は悶絶もんぜつ。次の瞬間、唯菜は僕に飛びかかってきた。

 うん、意味がわからん。そして多分、一番わかってないのは彼女である。

 何時いつぞやの砂浜で見た、僕が唯菜の下敷きになる事態が起きた。唯菜の呼吸は荒く、顔も赤い。その表情は、実につやめかしいものだった。や、やめてくれ…。




 ガチャッ


 「お兄ちゃん、うるさ…。って…何やってるの?」
















 うん、詰んだねこれ。

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