第21話 生野がうざいんだけどマジでどうしよう

 「おはよー、晶仁っち!」

 「ん、おはよ唯菜。」


 「「「おはよ、唯菜ちゃん!」」」

 「おうおう、おはよーみんな!」


 あれから約一週間が経った。唯菜やシャルルも徐々にクラスに溶け込み、学校生活にも慣れてきた様子。持ち前の高いコミュニケーションスキルで、最初の僕との騒動そうどうによって浮いていた唯菜も今ではこうしてクラスメイトと挨拶あいさつを交わすことができているし、シャルルもクラスの野郎しゅうからねたまれることなく上手くやっているという印象だ。

 かくいう僕も、唯菜やシャルルがいるこの環境にかなり慣れてきており、生野以外の人間とほとんど話してこなかった学校生活を久々に楽しいと思えている。


 この一週間の間にもたくさんの出来事があったのだが、その中で分かったことがいくつかある。

 まずは登下校に関して。どうやら僕とシャルルの家はかなり近くに位置しているようで、今までずっと一人だった下校時間の僕の隣には、最近はシャルルが並ぶようになった。帰路きろで人の視線を感じることが多くなったので少し落ち着かない部分もあるが、まあそれはそれ。楽しくなったことに変わりはない。

 登校に関しては、シャルルは僕よりも家を出るのが遅いようなので相変わらず一人である。べ、別に寂しくなんか無いわ。

 ちなみに、教室に到着する順番は早い方から唯菜、僕、シャルルか生野の順だ。唯菜は僕よりも早く教室にいて、他の女子数名とキャッキャしているのが基本のスタイルである。そこに徐々に僕や生野、シャルルが交じってしばらく駄弁だべるというのが今のところほぼ毎日続いている形だ。

 そして…


 「あのさー、晶仁っち…?」

 「お前なあ…。」


 僕に甘えるような目を向けながら彼女が差し出してきたのは、数学の宿題で出ていたプリント。それも、全ての解答欄が空白のものである。

 一週間の間で分かったいくつかのことのうちの一つ。そう、夏川唯菜という女性が、紛れもないアホだということだ。

 今日は数学だが、昨日は物理、一昨日は現代文だったか。彼女は毎日のように僕のプリントやノートをHRホームルームが始まるまでに必死に写している。驚くべきなのは、彼女は決して宿題をすることを忘れているわけではなく、問題が全く解けないということだ。一番簡単な、下手すれば中学生でも解けるような問題も彼女にとっては非常に難しい問題らしく、僕や生野に授業前に泣きついてきているのはもはやクラス内でもお馴染みの光景となってきている。


 「はい、どーぞ。」

 「ありがとう晶仁っち!」


 別に減るものではないのでノートやプリントを見せるのは一向に構わないのだが、やはりもう少し勉強はできていた方が良いのではないだろうか。近々、勉強会でも開いてみようかな。


 「よっ、黒崎、夏川さん。」


 僕の後ろから現れたのは、いつにも増してテンションの高い残念眼鏡イケメン。僕と唯菜の『おはよう』を受け取ると、彼は満足そうに微笑んだ。そんな彼に、僕は先程思い付いたことを提案してみる。


 「なあ生野、唯菜のために今度、勉強会でも開かねえか? 今日もほら、こんな感じだし。」


 必死にプリントを写している最中の唯菜をゆびさしながら言うと、それを聞いた生野が突然吹き出した。


 「くくっ、はははは。」

 「な、なんだよ。」

 「いやあ、黒崎、変わったなあって思って。」

 「どういうことだよ。」

 「ほら、ちょっと前まで友達という友達なんて俺しかいなかっただろ? でも今じゃすっかり友達も増えて、そうやって友達のために勉強会なんか開こうとしてるんだぜ? 変わりすぎておもしれえわ。うん。」


 生野の言葉で改めて思い返す。僕は数日前まで、生野以外の人間とほとんど接触をしていなかった。それこそ友達と呼べる人なんてこいつくらいで、あとは時々、成田にツッコミを入れる程度。そんな僕が、少しだけだが友達も増え、その人のために何かをしようとしているのだ。自分では全く気づかなかったが、僕はいつの間にか、こいつらのことで頭をいっぱいにしていたのかもしれない。

 気づいた途端、嬉しく思う気持ちと、少し恥ずかしいのとが混じって、僕は咄嗟とっさに口元を手で隠した。


 「あっれえ? 黒崎もしかして照れてる? 照れてる時の顔だよねそれ? ねえ?」

 「う、うるせえなぁ…」

 「晶仁っち、可愛いよー!」

 「うるさいなあもう」

 「マサトは今日も可愛いなあ。」

 「うるせえな…っておいシャルルお前いつから居たんだ。」

 「今来たところだよ。おはようみんな。」


 突然のシャルルの登場に驚きながら、自分の環境がかなり変化したことを再認識する。今この光景にしたってそうだ。シャルルに対して唯菜と生野が挨拶を返す。人と人が挨拶をするところをこうして近くで見ることすら、今までの僕には無かったのだ。

 本当に頭の中が彼らのことでいっぱいになっていることに気づき、やはり少しむずがゆさを覚える。


 「そうだ、夏川さん。」

 「どしたの生野っち?」

 「今どんくらい終わった? プリント。」

 「んーと、あと半分くらい。」

 「それやばくね? 他の教科だったら授業で集めるからいいけど、数学なら山下担任だろ? HRで集めるんじゃねえか…?」


 「あ…。」


 唯菜の顔から一気に血のが引いていくのがよく分かる。こんなにも表情かおに出るやつ他にいるだろうか。

 僕、生野、シャルルは目を合わせて爆笑する。




 キ ー ン コ ー ン カ ー ン コ ー ン


 間もなくして鳴ったチャイムの音と同時に、唯菜の顔は絶望にまった。

















 唯菜がHRで大爆笑をさらったのは言うまでもないだろう。


 …これはもう、勉強会するしかないか。

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