第20話 妹が僕の膝で寝てるんだけどどうしよう

 「「「「「ごちそうさまでしたー」」」」」


 次第しだいに緊張の解けていった僕たちは、唯菜の父・寧朗ねおさんともかなり打ち解けながら、食事を終えた。


 「ん、お粗末様でした! …って、俺が作ったわけじゃないけどねえ。」


 寧朗さんの台詞に、全員 楽しげに笑みを浮かべる。恐らく、面白く思っているから笑うというわけではなく、この笑みは、見知った人や身近な人が言ったことはなんとなく面白く聞こえる、面白く見える、そんな心理によるものだと思う。

 多分、そんな風に表情をゆるめられるくらいに、僕たちは打ち解けあったのだ。

 唯菜の兄・かずさんの写真を見てからというもの、寧朗さんを他人とは思えなくなったというのが大きい。僕がそう思うことで、自然に、僕と寧朗さんの距離は近くなり、それにともなって他の皆も寧朗さんとの壁をあまり感じなくなったといったところか。

 和さんの話を中心に、唯菜の小さい頃の話、現在外出中の唯菜のお母さんの話など、夏川家のことを知れば知るほど、不思議と、他人とは思えなくなってくる。理由はよく分からないが、僕に、そして雪乃に家族がいないということも理由の一つなのかもしれない。心のどこかで無意識に「家族」というものを追い求めているということも考えられる。


 「さて、みんな、これからどうしよっか?」

 「お、うさぎさんが喋った!」

 「ちょっ、生野っち! 恥ずいって!」

 「ははは、ごめんごめん。」


 先ほどの食事の途中、少しの間、唯菜の幼い頃についての話になった。その中で出てきたワードが、『うさぎさん』。唯菜が幼稚園に通っていた頃、発表会で行った劇の中での唯菜の役である。可愛らしくぴょんぴょんと動き回り、今よりもいくらか高い声でハキハキと台詞を言っている様子が、寧朗さんのビデオカメラにしっかりと収められていた。生野が馬鹿にするように言ったのはそれのことである。

 ちなみにそのビデオを見ている間、唯菜は終始 顔を赤らめ、それを両手でおおうように隠していた。ビデオの唯菜も、ビデオを見ている唯菜も、僕の目には、本当に可愛らしく写った。しかし、このとき感じた可愛らしさは、普段のような異性としてのものではなく、妹を見ているような、そんな気持ちだったと思う。


 「あ、えーっと、いいかな?」

 「どうした、シャルル?」

 「ボク、今日は午前だけと聞いていたから、午後に用事を作ってしまったんだ。」

 「ああそっかそっか。じゃあ、どうしよっか? 帰らなきゃだよな?」

 「すまない、そうしたいな。」


 「んじゃあ、今日はもうお開きにしよっか。」


 僕とシャルルの会話を聞いて。寧朗さんが言った。


 「皆が帰っちゃうのは名残惜しいけど…。まあまたいつでも遊びに来ちゃっていいから!」

 「そうですね。では今日はもうおいとまさせていただきます。今日は本当にありがとうございました。楽しかったです!」

 「いえいえ、俺こそ本当に楽しかったよ。和とも久々に会えたし、ね?」

 「へへ、そうですね。」


 にこりと微笑んで言った寧朗さんの思いを汲み取って、僕も微笑み返した。なんというか、少しくすぐったい。


 「あ、夏川さんはもうここに残るんだよね?」

 「うん、まあここがウチだし。」

 「はは、そうだよね。」


 「それでは、車の用意ができましたので、皆さん、こちらへ。」


 この家の広さにも寧朗さんの雰囲気にも少しずつ慣れてきたが、やはりこれだけは慣れることはできないだろう。執事という存在、本当に漫画やアニメでしか見たことのない存在だったので、物凄い非現実感をこちらに与えてくる。

 それはさておき、シャルルも急いでいる様子なので、僕たちは執事さんについていった。


 「またねー! みんなー!」

 「ばいばい! また学校でね!」


 「おーう!」

 「さようなら、ユイナ、ネオ!」

 「じゃあね、唯菜、寧朗さん。」

 「ありがとうございました。」


 二人からの別れの挨拶あいさつを背中に受けながら、僕たちは車に乗り込んだ。先ほどより一人少ないためか、車内が余計に広く感じた。













———

 「ねえ、お兄ちゃん。」

 「ど、どうしたんだ雪乃。」


 夏川家の執事さんに家まで送り届けてもらった僕と雪乃は、何度もお礼を言って、車を見送った。

 鍵を開け家に上がった僕がリビングのソファに腰を下ろすやいなや、雪乃がソファに寝転び、僕の膝の上に仰向けで頭を置き、そのまま僕の目をジロジロと見つめ始めた。顔をしかめたまま、雪乃は僕に言った。


 「…はぁ。」

 「え、なんだよ。」

 「いや、もういいや。今日は楽しかった。ありがと。」

 「お、おう。つかお前いつまで僕の膝にいるつもりだ。」

 「んー。一生かな。」

 「アホか。」


 雪乃のひたいが非常に叩きやすい位置にあったので、そこに軽くチョップを入れる。

 今までも雪乃がこうして甘えてくることはあったのだが、急にまゆひそめて見つめられたり、溜め息をつかれたりすることは一度も無かったので、少々面食らってしまった。

 …僕が唯菜と出会ってから、というか、僕が唯菜と出会ったことを雪乃が知ってからというもの、こいつは少し変わった。前より感情を出すようになったと言えば聞こえは良いが、明らかに前よりもの感情がにじみ出ているのを感じるのだ。

 少し心配な気もするが、決定的なことも無いので、まだしばらくは気にするのは やめておこうと思う。


 「すぅ…。」

 「おい、寝るなよ。」

 「ん…。すぅ…。」

 「ったくこいつは…。」


 僕の膝で気持ち良さそうに眠る雪乃を起こすことに抵抗が生まれたのは、今日一日、あまりこいつに構ってあげられなかったという反省があるためだろうか。

 それとも、この可愛らしい寝顔を、ただ単純に甘やかしたくなったためか。

 どちらにせよ、しばらくはこのまま寝かせてやろうと思う。















 「おにい…ちゃ…。すき…。だい…すき…。」


 いつの間にか現れていた僕の眠気に盛大なパンチを浴びせたのは、雪乃のそんな寝言だった。


 「お前なあ…。」


 僕が溜め息をきながらブランケットを掛けてやると、雪乃は少し微笑んで、またすやすやと眠りに落ちた。

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